食事会は、母さんのせいでハプニングがありながらも楽しく進んでいた。
最後のデザートが出て来た頃、突然、母さんが俺に抱き付いて来た。
「幸助さん、うちのあ~ちゃんは可愛いでしょう?自慢の息子なのよ」
母さんの顔を見たら、完全に酔っぱらっている。
料理が美味しくて、あまり飲めないお酒をたくさん飲んでしまったらしい。
「母さん!」
驚いて叫ぶと
「本当に良い子なの…。家の事、全部やってくれるのよ。どこにお嫁に出しても恥ずかしくないくらい良く出来た子なの」
母さんはそう言って眠り込んでしまった。
「お酒が弱いのを知っていたのに、飲ませ過ぎてしまったね」
先輩のお父さんは優しい笑顔を浮かべると、そっと母さんを抱き上げた。
気が付くと田中さんの姿は無く、先輩はオロオロする俺の肩を軽く叩くと
「車、外に来てる筈だから出るよ」
と言われる。
「え?あの…食事代は?」
変わらずオロオロしていると、先輩が優しい笑顔を浮かべて
「そのスーツとシャツの色、凄く似合ってるね」
なんて予想外の言葉を言うもんだから、俺は赤面してしまう。
「あ…ありがとうございます」
思わず俯いた俺に、先輩が溜息を吐いた。
驚いて顔を上げると、先輩が悲しそうな瞳で俺を見ている。
「?」
疑問に思って先輩に声を掛けようと口を開くと
「葵君?」
と、背後から先輩のお父さんに声を掛けられる。
「お母さんを車に乗せたから、後部座席にどうぞ」
そう促されてお店の外へと出た。
お店の出口には、すでに高級車が横付けされている。俺の顔を見ると、後部座席のドアが田中さんによって開けられる。
当然、先輩も一緒に乗るものだと思っていたので、後で聞けば良いと思って車に乗り込むと静かにドアが閉まる。
「え?」
驚いて窓の外を見ると、先輩は初めにお店で見せた笑顔を浮かべて手を振っていた。
そして助手席に先輩のお父さんが乗り込むと、車がゆっくりと走り出す。
「あの…なんで先輩は乗らないんですか?」
慌てて尋ねた俺に
「ああ。翔は、これから出掛ける用事があるらしいんだ」
先輩のお父さんは当たり前のように答えた。
「え?じゃあ、今日は無理して合わせて下さったんですか?」
悲しい気持ちになって尋ねた俺に、先輩のお父さんは言い辛そうに
「実は…翔が、自分は葵君に嫌われているだろうからって遠慮したんだよ」
と答えた。
「そんな…。俺、本当に秋月先輩の事が大好きなのに…」
悲しくなって小さく呟く。
すると田中さんが
「緊張しいる姿が、嫌われていると思ってしまったのかもしれませんね」
そう言いながら苦笑している。
「ちなみに、内緒にするように言われていたのですが…、葵さんのスーツとシャツの色。選んだのは翔さんなんですよ。服のサイズは京子様から伺っておりましたが、色は翔さんがご自身のスーツを作る時に、一緒に選ばれたんです」
田中さんの言葉に胸がいっぱいになる。
(先輩の馬鹿!一緒に居ないから、お礼が言えないじゃないか·····)
唇を噛み締めて俯いてから、俺は田中さんに
「あの·····田中さんからで良いので、先輩に伝えてくれませんか?その·····ありがとうございます。凄く気に入っていますって·····」
そう伝えた。
田中さんは運転したまま目を細めて微笑むと
「かしこまりました。必ずお伝え致しますね」
そう言って頷いた。
俺がホッとしていると、先輩のお父さんが
「全く·····。一緒に来ていれば、こんなややこしくならないのに·····。翔は、基本的に人付き合いが苦手だからな…」 
と、溜息交じりに呟いた。
(そうなんだ…意外·····)
ぼんやり考えていると、ゆっくりと車が自宅マンションへと到着した。
先輩のお父さんは軽々母さんを抱き上げて、
「悪いけど、自宅に案内して貰っても良いかな?」
そう言って笑顔を浮かべる。
すると、いつの間にか田中さんが俺側のドアを開けてくれていた。
俺は田中さんにお礼を言って車から降りると、自宅へ先輩のお父さんを案内した。
先輩のお父さんは母さんをベットに寝かせると、リビングに飾られている親父の写真に気付いたらしく、手に取って見ていた。
「あ、すみません!」
どうしたら良いか分からずにオロオロしている俺に、先輩のお父さんは優しく頭を撫でて
「気にしなくて良いんだよ。私は葵君と家族になりたいけど、葵君からお父さんを奪うつもりは無いんだ」
そう言うと、
「葵君のお母さんが、どれだけきみのお父さんを愛しているのかは知っている。又、きみ達親子が協力し合って生活して来たのも京子さんから聞いている。だから、私はその全てをひっくるめて、きみのお母さんと結婚すると決めたんだよ」
先輩のお父さんの言葉に、胸が熱くなる。
母さんは学生時代に読者モデルしていただけあって、息子の俺が言うのもなんだけど…本当に若いし可愛い。だから今までも、母さんを狙っていた輩を俺は知っている。でも…こんなに深く母さんを愛してくれるのは、秋月先輩のお父さんしかいないだろうと思った。
「おっと…長居は無用だ。じゃあ、またね」
先輩のお父さんが時計を見て、慌て帰ろうと玄関のドアノブに手を掛けた。
「あの!母さんを、宜しくお願い致します」
俺は、先輩のお父さんに深々と頭を下げて自分の気持ちを伝えた。すると先輩のお父さんは驚いた顔で振り向き
「それって…私達の結婚を認めてくれるって事で良いのかな?」
そう聞いてきた。
「はい。あ!ただ、1つだけ条件があります。」
俺はずっと、心の中に抱えていた言葉を先輩のお父さんに伝えようと決意した。
先輩のお父さんも俺の決意を察したのか、ドアノブから手を離して俺と向き合う。
「母さん、俺の父さんが身体が弱くて結婚式を挙げていません。だから、いつもショーウィンドウのドレスを羨ましそうに見つめていました。
どうか、母さんを綺麗な花嫁さんにしてあげて下さい」
再び頭を下げて真剣な顔で伝えると、先輩のお父さんは満面の笑みを浮かべて
「もちろん!きみのお母さんを、世界一の花嫁さんにすると約束しよう!」
そう答えてくれた。