あれは一年前
新しい結婚式場のCMがテレビで流れて話題になった。
教会のバージンロードを楚々と歩く美しい花嫁。
最初はウエディングベールを被っていて、顔を見せていない。ゆっくりと祭壇へと歩く花嫁を、優雅な足取りで笑顔を浮かべて迎える花婿。
最後に誓いのキスでベールを上げ、登場したのが絶世の美女…ならぬ蒼ちゃん。
誓いの声は女性の声が当てられていたし、メイクがかなり施されていたから俺達身内でさえ分からないくらい変身はしてたけど…。
新郎に誓いのキスをされ、喜びに涙を浮かべながら頬を赤らめてブーケで顔を隠す。
その後、上目遣いで新郎を見つめる花嫁。
そう、あの清楚さや可憐さは蒼ちゃんだからだと思う!あれは…幼馴染の俺でも興奮した。
話題になったのにも関わらず、モデルの女性の正体が不明と言うのも注目を浴びる要因の1つだったように記憶している。
ポスターは貼っても貼っても盗まれて、蒼ちゃんがモデルをした式場は話題になった。
俺は嫌がる蒼ちゃんに頼み込んで、ポスターを一枚無理矢理貰ったっけ·····。
思い出して…、俺はさっき入って来た人物の顔を見た。見て…
「あ!あの時のCMの新郎役の人!」
思わず立ち上がり、指さして叫んでしまった。
「あ~ちゃん!指差さないの!失礼でしょう!」
慌てて母さんに怒られてハッとなり
「すみません」
と小さくなって再び席に座る。
そんな俺を見て、秋月先輩が笑いを堪えている姿が横目にチラリと映って恥ずかしくなってしまう。
「蒼介君に話題を持っていかれて、お前の影がすっかり薄いな」
その人に先輩のお父さんが小さく笑って言うと
「結婚式の新郎は、刺身のツマのようなものです。新婦が目立ったのでしたら正解かと…」
その人はそう答えて微笑み返した。
そして俺にゆっくり向き直すと
「では、改めまして。私は秋月社長付きの秘書をしております、田中陽一と申します」
そう言って深々とお辞儀をした。
「あ…はい。神崎葵です。」
俺はつられてお辞儀してから
「え?秘書?」
と、思わず呟く。
すると先輩のお父さんが笑い出し
「翔の関係者はみんな、田中を運転手だと思っているからな…」
そう言った。
「ええ。翔さんは何でもかんでも、私を呼び出しますからね」
「良いだろう?最終的に、田中は僕専属の秘書になるんだから」
三人の会話がとても微笑ましくて、俺も母さんも自然と笑みがこぼれる。
「陽一は元々、私の事務所のモデルでね。人気があったんだよ。私としては続けて欲しかったけど、本人の強い希望で学生時代のみモデルとして活動してもらったんだよ。」
「私は秘書の方が性分に合っていますので…」
田中さんは顔色一つ変えず、先輩のお父さんの言葉を交わす。
「でも、大事な案件の時だけは、未だにモデルを頼んでいるんだよ。陽一はね、相手のモデルの一番良い顔を引き出すのが上手でね。」
先輩のお父さんの言葉に、俺は納得した。
確かに蒼ちゃんは綺麗なんだけど、大の写真嫌いで…。いつも出来上がった写真を見る度、実物の方が全然綺麗なのに…って思っていた。
だからあのCMを見た時、本当に凄いと思った。
蒼ちゃんの持っている清潔感と透明感。
内側から溢れる美しさが全面に出ていて、プロは違うな~って見ていた。
「毎回、どんな魔法をかけるのだか」
先輩のお父さんが呟くと、田中さんは微笑んで
「企業秘密です」
そう答えた。
俺はCMの事を思い出して
「あ!そう言えば…、あの誓いのキスって本当にしたんですか?」
と、素朴な疑問を口にした。
映像では蒼ちゃんの顔が田中さんの影になっているので、キスしているようにも見えるし、キスしていないようにも見える。
俺の問いに、田中さんは曖昧な笑みだけを返して答えてはくれなかった。
(大人の男性って感じだよな…)
思わず田中さんの顔をじっと見つめてしまった。
元モデルというだけあって、綺麗な顔立ちをしている。そして醸し出す雰囲気は、今まで出会った事の無い大人の色気が漂っていた。
それにこの声が揃っていたら、口説かれた女性はイチコロだろう。
田中さんの声は、甘く響く良い声をしている。
(神様って、2物も3物も与えちゃうんだなぁ~)
って思いながらつい、ジッと見つめていたらしい。
母さんが俺の耳を引っ張り
「あ~ちゃん、見すぎ!」
と、小声で注意して来てハッとする。
おそらく人に見られるのに慣れているんだろう。
田中さんは、にっこりと大人の笑顔を浮かべた。