「俺はお前のその素早い変装能力と、一瞬で存在感を消せる特技は凄いと思っている」

「えっと……ありがとうございます?」

「まったくもって誉めてはいないがな」

ーーわかってます。
目が少しも笑ってなかったですもんねー。

メガネとカツラをしたまま着ている衣装が見えないようにタオルで体を隠して、陽菜は控室に向かう廊下を歩きながら目の前にいる堀原を見た。

「俺はいろんな奴のマネージャーをやってきたが、お前のように消極的すぎる奴は初めてだ」

何度も言われている言葉に陽菜は然り気無く両手で耳を塞ぐ。

この世界は誰もがライバルで、隙を見せたらそれまで。
蹴落とされるのは簡単だし、トップに上り詰めるのはほんの一握り。

だからこそ存在感を遺憾なく発揮し、積極的に顔を売っていかなければならないと常日頃から言われているのだが……。

「今注目されてる間にどんどん取材を受けてメディアにも出ていかないと、あっという間に消えるぞ」

「そうは言われてもですねー」

陽菜は別に有名になりたいわけでもトップモデルに上り詰めたいわけでもない。
どちらかと言えば、平凡な毎日を過ごして人並みの暮らしをしていければそれで良いと思っていた。

この生まれ持った人見知りとあがり症は、そう簡単には治らないんですよー。と、ほんの少し口を尖らせて呟く陽菜は、そう言えばと、話題を変えた。