「……木崎、盗み聞きなんてあんま趣味がよろしくないぞ?」


 いつの間にか手の届くところまで来ていた若に見つかり、途端に罪悪感と形容できないぐちゃぐちゃしたものがないまぜになって僕を飲み込む。


「……申し訳ありません。でも、若がこれを持って来いと言っていた筈ですが?」


 すっかり忘れていた右手の鞄を突き出す。


「あ、そうだったな。悪い悪い」


 鞄がなくなった後の掌には、握り締めていたときのと思われる、自身の爪が食い込んだ跡が赤紫色となってはっきり残っていた。

 そのまま、心地悪い沈黙が満ちていく。

 僕には口を出す権利なんてあるはずがない。

 口を閉ざしたまま、彼女の落としていった竹箒を拾った。


「……なんていうかさ」


 箒のすぐそばに落ちていた、反り返って地面を斑にする葉のようなものを掃く。


「……はい」

「気張りすぎなんだよ、榊って。もっと肩の力抜いたらいいのにさ」

「はい」

「ま、木崎にも言えることなんだけど」

「僕ですか?」


 意外なところで指名を受けて、竹箒を動かす手が止まる。

 若は竹箒を持ちながら腕を組み、眉を寄せている。


「そ、木崎も。お前らさ、なんかどっか似てるんだよ」


 なんていうかなー、などと言いながら上を向いて息を吐くその様子は、沸騰した薬罐(ヤカン)そっくりだ。


「もっと、周りに頼ればいいんだよ。何でも一人でやろうとしないでさ。責任感が強いって言えば聞こえはいいけど、結局それって周りを信用とか信頼してないってことだろ?」


 緞帳(ドンチョウ)がゆるゆると下ろされていく空を見るのを止め、心の奥底まで覗き込もうとするかのように、若は真っすぐに僕を見る。


「それって失礼だし……さみしいじゃん」


 若はそう言って締め、言いたいことを上手く形にできて密かに満足しているようだった。

 矢継ぎ早に生み出されたその言葉を、姿が完全に消えてしまう前に、心に、脳の皺ひとつひとつに刻み込む。

 何故だか、忘れてはいけない言葉だった気がした。