珍しく押しの強いお兄ちゃんに少し戸惑いながら、携帯電話を耳から離す。

 嬉しいのに悲しいなんて、なんて矛盾した気持ちなんだろう。

 鬩(セメ)ぎ合う感情をどうしたらいいのかわからず、けれど体は勝手に教室を出て昇降口に向かう。

 冷えた廊下や階段はあたしの頭の中まで冷やしてくれることはなく、指先だけを余計に冷えさせた。

 足音が少し不気味に反響する暗い階段を下り、頼りない電灯の光を目指して足が動く。

 下駄箱の横に立つ見慣れた高さの人影に、安堵する自分がいた。

 精一杯いつもどおりに、泣いたのがばれないように笑顔を貼りつける。


「お兄ちゃん」

「意外に早かったね」


 よしよしと幼い子にするみたいに頭を撫でられる。

 そのぬくもりが恋しくて、もっと触っていてほしかった。


「じゃ、帰ろっか。母さん心配してるし」

「あっ、連絡してない」

「だろうと思ってしといたよ」


 ふふ、とやわらかく笑うお兄ちゃんを見て、胸が狭くなったみたいに苦しくなり、痛みを増す。


「……ありがと」

「お安い御用。ほら、早く靴履き替えなよ?」


 そう言って無防備に背を向けるお兄ちゃんに、無性に抱きつきたくなる。

 胸は相変わらず痛くて苦しいままで、けれどその痛みさえも甘いものに感じられる。

 それくらいすきなんだと、強く再び自覚させられた。


 胸が詰まって苦しい。

 誰か、一刻も早く、この想いを抉りだしてくれないだろうか。

 この胸の甘い痛みと中で燻る炎が、いつかきっと、あたしを喰い殺してしまうその前に。

 たった二文字が言えなくて、本来幸せな気持ちにするはずの想いは背負い続けるには重すぎて。


 闇の中、鼻の奥がつんとした。