昨晩、雪が降ったらしい。

 僕は窓の外なんて見なかったから知らなかったが、暗くなってから帰ってきた兄さんが雪まみれで玄関に入ってきたから、結構な量降っていたのだろう。

 でも、朝になって外を見たがいつもとかわらない景色が広がっているだけだった。

 少しは変わると思ったのに、つまらなかった。

 世界はそう簡単に変わらない。

 数学みたいに単純な世界じゃない。


 白と藍色、それに群青色が使われたストライプのマフラーを巻く頃になってようやく起きた兄さんと挨拶を交わしてから、家を出た。

 大学生というのは高校と違って、講義の組み合わせ方によっては朝早く起きる必要がなく気楽らしい。

 羨ましいかぎりだ。


 満員まであと少しという電車に揺られて学校に行くと、息だけは無駄に白かった。

 頬を突き刺す冷気に顔をマフラーに埋めたくなるが、姿勢が悪くなるからあまり好きじゃない。

 少しマフラーを引き上げることで妥協して、足早に下駄箱を目指した。

 少し早くて人気もまばらな昇降口に入り、自分の上履きが入っている下駄箱の蓋を開けると、薄汚れた中から見馴れぬ色が目に飛び込んでくる。


 淡いピンクの、メモ。

 幾重にも折り畳まれたそれを開くと、放課後に特別棟の最上階で待ってる、と書いてあった。

 可愛らしい文字は少し震えていて、緊張が伝わってくる。


 だがこのメモを見た瞬間に──いや、見る前から僕の心は決まっていた。

 誰が何人こうやって僕に告白をしたって、互いに辛かったり苦しくなるだけだ。

 好かれるのは純粋に嬉しい。

 でも、慕われたくない。


 手の中に収まった見知らぬ誰かからの恋文を、強く強く握り潰す。

 薄っぺらいそれは簡単に潰れて、そっと拳を開くと、くしゃくしゃになっていた。