「あ、まだいたのですね」
「‥本当ね」

リリィの自室に戻る途中、遠くに人間の姿が見える。

人間を護衛がたくさん囲んでいるがどこかに行かないように監視の意味も込めてあんなに多いのかしら。

お兄様、上手く記憶を消してくれたかしら?
まぁ、消してくれなくても私がどんな容姿だったかぐらいしか人間の王に報告することもないけれど。

いっそのこと記憶を消した後にありえないぐらい変なメイクやドレスと最悪な態度で人間に会えば、そのまま人間の王に報告してくれて私が欲しいなんて言わなくなるかも。

リリィがそんなことを考えていると、

「あれは騎士団の服を着ていますが違いますね。知っている顔が誰もいません」

ぽつりとウィルが言う。

「そうなの?じゃあ特殊部隊かしら」

騎士団が陽なら特殊部隊は陰だ。
騎士団が表立ってできないことを特殊部隊が行う。

そして特殊部隊の中には王族の血縁者もいる。
王族の血縁なのでヴァンパイアとしての能力も高く、今回人間の記憶を消すために騎士のフリをしているのであろう。

流石に人を操るのは無理だろうけど記憶を消すぐらいならお手の物かしら。

「なぜ特殊部隊が人間の護衛を?」

周りに人がいないのを確認してウィルがリリィに尋ねる。

「あぁ、それは記憶を消すためよ。さっき私が庭で人間と鉢合わ‥」

途中まで言って気づく。
ウィルにこの話をしたらどうなるかわかってたのに‥!

「さっき‥?その話、じっくりと聞かせてください」

にっこりと、でも先程の笑みとは比べものにならないぐらい冷ややかな笑みでウィルは言う。
 
完全に失敗した。
リリィは自分の迂闊さを呪いながら事の顛末をウィルに語る。

「‥決して1人では行動なさらぬように。護衛を撒いたりしないで下さいよ」
「わかってるわ」
「ならいいですが」

心配だけでなく、迷惑をもかけるようなことはしたくない。
私に何かあったら護衛のクビが飛ぶ。

「ちゃんと大人しくしてるから。送ってくれてありがとう」
「いえ。では、くれぐれもお気をつけて下さい。建国祭、楽しみにしております」
「えぇ。‥私もよ」

建国祭まではお互い忙しいから会うのは難しそうだ。ドレスのデザインは手紙で伝えたほうが良さそうね。

そんなリリィの考えとは裏腹にすぐに顔を合わせることになるのだった。