「あの、病院に行きましょう。時間がないなら、せめて手当させてください」
 女の子が思い詰めた表情でまわりを見やった。
 もしかして、俺の手当ができるところを探してるの?
 だったら……。
「あのさ、キミ、これから受験だよね」
 俺の質問に、女の子は少し肩をすぼめた。
 そして、遠慮がちに「はい」と答えた。
 なんだこの遠慮の塊は。
 大切な日なのに全然それを主張してこないとこも、俺のツボだ。
 可愛すぎる!
「上西高校だよね」
「はい」
 女の子が上目遣いで頷いた。
 その小動物的な動きに、胸がくすぐられる。
 本当に、なんなんだ。
 この可愛い生き物は?
 今すぐ持ち帰って、保護したいんだけど。
 女の子の唇も頬も指も喉も、全部が柔らかで美味しそうに映る。
「なら、上西高校に行こう。歩いて10分もかからないし、その方が早い。行先は同じだから受験にも間に合う。それに、受験日は体調を崩すヤツが出やすいから、養護教諭が朝から保健室に缶詰してんじゃないかな」
 俺は努めて明るく振る舞うと、少し屈んで女の子の目の高さと自分の目の高さを合わせた。
「あと、俺の受験のことは気にしないで」
 もう少し顔を近づけたら、キスができるな。
 そんなイケない妄想をしつつ、俺は女の子へ目を細めた。
「えっ?」
 女の子の瞳が揺れた。
「だって俺、すでに受かってるから」
 俺はブレザーの胸ポケットを掴み、校章のピンバッチを見せた。
 女の子がわからないと言いたげに、僅かに首を傾げた。
「この制服と校章、見慣れてないなら気づかなくて当然だけど、これ上西高校のなんだよね。つまり、俺は受験生じゃなくて生徒なんだ」
 俺の告白に、女の子が茫然となった。
 そりゃそうだよね。
 今まで、俺の受験の心配をしてくれてたわけだし。
 これで、少しは肩の荷が下りたんじゃないかな。
「だから、そんなに責任感じないで」
 俺は女の子に笑いかけ続けた。
 けど、逆効果だったみたいだ。
 女の子が激しく首を横に振った。
「受験生じゃなくても同じです!」
 女の子は言い切ると、弱々しく「指が折れてる可能性だってあるのに」と呟いた。
 しまった!
 痛くてなるべく指を動かさないようにしてたのが、裏目にでた。
「大丈夫大丈夫」
 俺は笑って怪我した手をグーパーさせた。
 泣きやみかけていた女の子が、目を見張った。
 次の瞬間、
「よくないけど、よかった~っ」
 女の子が声をあげて激しく泣きだした。