プロローグ 受験生に恋は禁物

【side:日向にこ】
 二月下旬。
 高校受験二日前。
 私は、どれだけ勉強してもチンプンカンプンな数学と英語と物理を捨てた。
 苦手だけど、暗記ならまだ足掻いても成果がでる。
 そう信じて、地理と歴史と生物の教科書を机の隅の重ね、暗記大作戦を開始した。
 髪は勉強の邪魔にならないようポニーテール。
 上は着古したヨレヨレのパーカーに、小学6年生のときに田舎のおばあちゃんからもらった真っ赤な袢纏(はんてん)
 下は肌触り抜群のモコモコパジャマに、薄いピンクのレッグウォーマーと、厚くてあったかな靴下の重ね履き。
 受験生の大敵は風邪やインフルエンザなど細菌やウイルス。
 その予防のためなら、ダサくても全然平気。
 私は家族以外には見せられない恰好のまま、ブツブツと歴史の年号を唱えつつ、冷めてしまった眠気覚まし用のカフェオレに手を伸ばした。ミルクが四分の一で、砂糖は少な目だから苦い。
 そのとき、
「ニコ、兵庫のよしゑおばあちゃんからお手紙よ」
 お母さんの声がした。
 この声の遠さと響きは階下からだ。
 私は「はーいっ」と大きく返事をした。
 時計を見ると、午後四時を過ぎている。
 なんだろう?
 受験間近だから、頑張れのお手紙かな?
 おばあちゃん子の私は、開いていた歴史の教科書を伏せると、勉強そっちのけで立ちあがった。
 お父さんのお母さんであるよしゑおばあちゃんは、背中が丸まっていて、小さくて、可愛くて、絵本の読み聞かせと煮物料理がとても上手。
 私が小学四年生のときの年明けだった。
 急遽、お父さんの転勤が決定した。
 引っ越し前日まで、私の面倒を誰よりもみてくれたおばあちゃん。
 だから、気づいたときにはおばあちゃん子になっていた。
 おばあちゃんとの別れのとき。
 私は鼻水と涙で顔をグチョグチョにしながら、車の窓から顔をだした。そして、おばあちゃんに必死で手を振った。
 あのときのことを、今でもハッキリ覚えている。
 おばあちゃんは、よく私宛にお手紙や荷物を送ってくれる。
 家族みんな用の荷物はもちろん、お中元やお歳暮の宛名が私になっていることもあり、お父さんやお母さんはよく苦笑する。
 借りている一軒家の急な木造階段を慌てて下りていると、お母さんが白い封筒をヒラヒラさせた。
「はいこれ」
 お母さんが封筒を差しだした。
「ありがとう」
 私はそれを、一階に到着するタイミングで奪うように受け取った。
 軽い。
 けど、封筒の底が少し膨らんでいる。
 何が入ってるんだろう。
 気になった私は、その場で封筒の中身が下にくるようトントン叩くと、上の部分を細く丁寧に破っていった。
 破り切ると、お母さんが「どれどれ」と封筒を覗こうとした。
 私はお母さんに背を向けた。
 一番に封筒を覗くと、手紙と五百円玉より少し大きい白色の巾着が入っていた。
「可愛いかも」
 封筒を傾けると、小さな鈴に透きとおる音を奏でさせながら、巾着がちょこんと私の手の平にのった。
 よく見ると、ちりめん風の巾着には薄桃色の桜っぽい刺繍が二つ入っていた。
 口は刺繍よりも濃い桃色と赤色の二本のヒモで複雑に結ばれている。
「なにこれ、すっごく可愛い!」
 さりげなくて可愛い小物が大好きな私のテンションが、一気にあがる。
 受験勉強で疲れ果てていた心が癒される。
 受験生という名の兵士から、ただの女の子に戻った私は、お母さんに「はいっ」と巾着を見せた。
 お母さんは巾着を見て目を丸くした。
 そして、まさかの大爆笑。
 えっ?
 何?
 何がそんなに面白いの?
 お母さんはうろたえる私を無視すると、壁に両手をあてて体を支えた。そのまま片手でお腹を押さえると、崩れるようにしゃがみ込んだ。
「お義母さんったら、もう……。そそっかしすぎる」
 何がそんなにツボなのかわかんないけど、お母さんはひとしきり笑うと、笑いすぎて出てきた涙をエプロンで拭った。
 お母さんの笑いがおさまるのを待ちながら、私は鼻に巾着を近づけた。
 匂いはしないから、匂い袋じゃない。
 じゃあ、この巾着の正体は何?
 ただの飾りかな?
 私は首を傾げた。
 ひとしきり笑ったお母さんが、疲れ果てたようにゆっくりと立ちあがった。
「それ、私も持ってたから覚えてるわ。恋愛のお守りよ」
 お母さんが懐かしそうに目を細めた。
「えっ?」
 私は意味が飲み込めなくて瞬きをした。
 ちょっと待って。
 なんでこの時期に恋愛のお守りなの?
「まさか」
 私は封筒から手紙を取りだすと、慌てて開いた。
 白いシンプルな縦書きの手紙に目を通す途中、とんでもない文を見つけた私は、気が抜けてしまった。
「『無事、受験に合格するよう、有名な神社で合格のお守りを貰ってきました。送ります。受験、頑張れ』だって」
「あらあらあら、やっぱり~」
 手紙を読みあげた私の肩を、お母さんが少し呆れながらも楽しそうに2回叩いた。
「近畿や中国地方では、結構有名な縁結び神社のお守りよ」
「縁結びって……」
 私は盛大な溜め息を漏らした。
「近場で一番人気のある神社に行って、巫女さんに『孫のためのお守りをください』と伝えたら、受験ではなくて恋の神頼みと勘違いされたってとこかしらね。合格を『桜咲く』って言うから、見た目で誤解したのかも。まあ、せっかくのお守りだし、志望校との縁を願ったら? 有名な神社だから、その辺の神社の合格祈願のお守りよりも効くかもよ」
 お母さんは他人事みたいに言うと、笑いながら去っていった。
 一人残された私は、お守りを見つめた。
 大好きなおばあちゃんから貰った可愛いお守り。
 おばあちゃんが私のことを思い、祈願してくれたお守りを『いらない』なんて無視できない。
 恋愛の神様、ごめんなさい。
 いつかは少女漫画みたいな恋をしてみたいけど、今はそれどころじゃないの。
 だから、恋愛じゃなくて、志望校との縁を願わせてください。
 縁結びの神社のお守りだもん。
 きっと叶えてくれるよね。
 神様お願いです。
 無事、志望校に受かりますように力を貸してください。

   1章 受験どころじゃありません!

【side:日向にこ】

 高校受験当日。
 私は目覚まし時計よりも早く起きた。
 気持ちいいくらい、スッキリと目覚めた私は、ベッドからおりると、机の真ん中に置いていた受験票を手に取った。
 何度も確認したはずの自分の名前を、もう一度確認する。
 『日向にこ』
 それが私の名前。
 よしゑおばあちゃんから、一番最初に貰ったプレゼント。
 名前の意味は『ニコニコと笑顔で楽しく暮らせますように』。
 だから、テストと正式な書類以外に名前を書くとき、私は『少しでもたくさんニコニコと笑顔で暮らせるよう』と願掛けして、『にこ』ではなく『ニコ』と書いている。
 でも、今日ばかりはニコニコ出来ないよ。
 私が志望する公立高校の普通科は、受験志望人数が定員数を少し超えている。
 担任の先生は「よほどのことがなければ受かるだろう」と言ってたのに、何度か私立との併願をすすめてきたんだよね。
 それって、落ちる可能性が高いってことでしょう?
 中間や期末の順位は、決まって真ん中より下。
 私立はお金がかかるからって断ったけど、併願するべきだったかな。
「もうダメッ」
 緊張しすぎて、吐き気がしてきた。
 取り柄が何一つない私の最大の欠点は三つ。
 極度のあがり症なこと。
 全然自信が持てないこと。
 何かあるたびに、すぐ後ろ向きになること。
 私は受験票と並べて置いていた恋愛のお守りを握ると、
「おばあちゃん、落ちたらどうしよう」
 心臓をバクバクさせながら、しゃがみ込んだ。

【side:菅野大志】

 電車を降りると、乾いた朝の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
 眩しい日差しに目を細め、清々しい一日の始まりをのんびりと楽しむ。
 授業のない学校に向かうときって、なんで心躍るんだろう。
 ほんの少し癖っ毛な髪を手グシで軽く整えると、俺はゆったりと歩きだした。
 そして、種類がまちまちな制服姿の集団に混ざる。
 見るかぎり、俺と同じブレザーの生徒は一人もいない。
 いつもの駅にこれだけの生徒がいるのに、こんなことは初めだ。知らない街に迷い込んだ気がして、ちょっと心細くなる。
 いつもなら、「菅野くん」とか「大志」と呼びかけてくる声があるけど、今日はない。
 それもそうだ。
 今日は俺が通う高校の受験日で、土曜日だから授業は休み。
 体育館と武道館以外の校舎を使用する部活も、漏れなく休み。
 委員会も、それ以外の活動も休み。
 唯一の例外は生徒会。
 今年度後期生徒会と来年度前期生徒会の引継ぎはもちろん、卒業式前日に行う予選会を控えた生徒会に休む暇はない。
 とはいえ、今年度後期生徒会役員のほとんどが来年度前期生徒会役員だし、前期と後期じゃやることが違うから、引き継げるものはほとんどない。
 期末テスト前の生徒会選挙で圧勝した俺は、今年度後期に続き、来年度前期も副会長就任が決まっている。
 そんなわけで、今年度後期生徒会役員として予選会の準備、来年度前期生徒会役員としては早々に予算会の準備と、入学式翌日の新入生歓迎会の打ち合わせも開始し……。
 メンバーは最高に気の合う幼馴染ばかりだから、忙しさも楽しさに変わってしまう。
 だから、張り切れる。
 だから、二度寝の誘惑に勝てた。
 とはいえ、起きてから結構ボーッとしていたせいで、駆け込み乗車はギリギリだったけどね。
 本音を言えば、もう少し毛布と仲良くしていたかった。
 みんなも同じ電車に乗ってると思ったけど、全員まさかの遅刻か?
 それとも、先に行ってるだけか?
 俺は使い込んで端が捲れてきた合皮の茶色いパスケースを、自動改札機にタッチさせた。
 改札を抜ける。
 幼馴染だからみんな近くに住んでいるけど、行きの待ち合わせはしない。
 ベッタリした仲じゃないから、幼稚園や小学校からの関係が長続きしているのかもしれないな。
 受験に来たのだろう学生たちの顔を見れば、どの顔にも笑みはない。強張っているヤツ、頬を赤くしているヤツ、難しそうな顔をしているヤツ、すでに落ち込んでるっぽいヤツ、様々だ。
 そりゃそうか。
 全員が合格するわけじゃない。
 普通科は落ちたらそれまで。
 商業科の場合はいくつか種類があるから、自分が受けたとこが落ちても、別のとこに空きがあればそこへ入ることが可能だ。
「頑張れ受験生」
 他人事の俺は、小さく呟いて微笑んだ。
 みんなの緊張、ほんのちょっとだけ羨ましい。
 俺の場合、欠席しないかぎり受かると担任だけでなく、学年主任や教頭にまで太鼓判を押されて受験したからね。
 今現在、俺は大学への推薦を狙いつつ、それがダメなら少しランクを下げて手堅く進学する予定だ。
 駅舎を出た。
 瞬間だった。
「キャッ!」
 女の子のか細い悲鳴が傍でした。
 斜め後ろというかほぼ横。
 長い黒髪が艶々しているセーラー服の女の子が、両手をコンクリートについて四つん這いになっていた。白くて小さな手から伸びる指に、淡い爪が飾りのようについている。
 中学3年生にしては、細くて小さな体が痛々しい。
 誰かに押されてコケたんだろうな。
 これから受験なのに、縁起が悪い。
「大丈夫?」
 俺はスクールバックを肩にかけ直しながら、俯き続ける女の子を起こそうと一歩踏みだした。
 俺の靴先に、白い小さな巾着が当たった。
 巾着は小さな鈴の音を響かせながら、三〇センチほど先に滑っていった。
 この大きさ……お守りかな?
「それ、キミの?」
 訊きながら、俺は踏まれる前にと巾着へ手を伸ばした。
 突き飛ばされてコケたうえ、お守りを踏まれるなんてなったら、受験生には縁起が悪すぎるからな。
 俺の指が巾着に触れる。
 同時に、大きな黒い物体が視界を遮った。
 伸ばしていた手に、潰される重みと激しい痛みが走る。
「ぐあぁっ!」
 あまりの傷みに、反射的に手を引こうとしたが、俺の手の甲を踏む色あせた黒い革靴が重しとなって動かない。
「うわっ! なんだよ。邪魔っ」
 俺の手に片足をのせたまま、サラリーマン風の男が薄笑いしながら見下ろしてきた。
 男と目が合う。
 朝のラッシュ時だし、踏まれたのは仕方がない。
 けど、踏んだ男の態度が許せない。
 男の手が煙草の火をもみ消すように動いた。
 この野郎!!
 絶対に態と踏んできたな。
 あまりの痛みと怒りに、俺は顔を歪ませた。
 未だに俺の手を踏み続ける男に、
「早くどけよ! クソジジイ」
 俺は素を曝けだすと、睨みあげた。
 男が少し怯んだ。
 少し男の足が持ち上がる。
 痛みが少し和らいだ。
 俺は巾着を掴んだまま、男の靴底を払いのけるようにして手を引いて立ちあがった。
 踏まれた手の甲は、人差し指と中指と薬指の付け根、中手骨の上の皮膚が捲れていた。
 鮮血がジワジワと滲みでる。
 俺の身長は一七四.三センチ。
 悔しいけど、三〇か四〇代くらいのくたびれ気味の男より五センチほど低い。
 けど、眼力と怒りでは負けない。
 俺は男を睨む目に力を込めた。
 まわりが言うには、俺は少し甘めの柔らかい万人受けの顔立ちなんだそうだ。
 そのせいか、まわりには温和で知られている俺だけど、実は幼馴染の中で一番ケンカっ早い。
 熱くなるほどまわりに興味がないため、温和説が独り歩きし、生徒会選挙で圧勝するほどの信頼を得ているが、売られたケンカは漏れなく買う主義だ。
 ただし、普通にケンカを買ったりはしない。
「いきなり手をだしてスミマセンでした。ビックリしますよね」
 俺は言葉尻に挑発的な笑声をにじませた。
 そして、態と楽しそうに笑みを作ると、巾着を握ったまま、患部を殴る速さで男の顔に近づけた。
「踏まれて当然ですよね」
 男が顔を引き攣らせ、俺から目を逸らした。
 睨み合いの敗者は、先に目を逸らしたヤツだ。
 優勢が決定した俺は、男の表情を読んでいく。
 男の戸惑いが色濃くなっていくのがわかる。
 甘ちゃんな学生を馬鹿にして日頃の憂さを晴らしたかったって感じか?
 クソみたいな性格しやがって、マジでこうヤツはぶちのめしたくなる。俺の未来のために、精神的な攻撃で止めるけど。
「こうなったのも自業自得ですよねえ」
 笑みを自嘲気味なものへと変えた俺に、男は『ヤバいヤツに当たった』みたいな顔をした。
 男の頬が引きつった。
 男は仰け反るように二歩下がると、悔しそうに舌打ちした。
 そして、慌てたように俺へ背中を向けた。
 男は無言のまま、速足で去っていった。
 走って逃げなかったのは、なけなしのプライドか、子供に負けたと思いたくない意地か。
「逃げんなら粋がるな!」
 俺は高ぶる気持ちを抑えきれず、小さくなった男の姿に悪態をついた。
 それから、落ち着こうと息を吐いた。
 途端、横からぶつかるようにして小さな体が俺にくっついてきた。
 それは、小さな白い二つの手を伸ばし、踏まれた側の俺の腕を掴んできた。
 えっ⁉
 突然のことに、驚いた俺の心臓が大きく跳ねた。
「ゴメンなさい‼ ゴメンなさい‼ ゴメンなさい‼」
 さっきまで倒れていた女の子が、悲愴な声をあげて謝り続ける。
 俯き続ける女の子に腕を掴まれたまま、俺は『やっぱり綺麗な髪だな』と彼女の艶つかな黒髪を見つめた。
 俺の手の甲に熱いものが触れた。
 傷口が沁みて、俺は思わず顔をしかめた。
 手を少し動かすと、濡れているのが見えた。
 水?
 違う。
 女の子の涙か。
「私のせいでごめんなさい! ごめんなさい! ……病院。でも、受験が。あのっ、鉛筆持てますか? 受験受けられそうですか?」
 女の子は声を震わせると、俺の腕を握ったまま顔をあげた。
 やっと見えた女の子の顔に、俺は目を見張った。
 息が止まる。
 言葉をなくした俺の耳から、雑踏が消えた。
 数秒くらい時間が飛んだと思う。
 我に返った俺は瞬いた。
 なんだ、この可愛い生き物は?
 完全に見惚れてしまった。
 こんなことは初めてだ。
 こんな奇跡みたいに可愛い子、本当に存在するんだ。
 最高に可愛すぎる。
 その一言に尽きた。
 これから受験だろうに、女の子は大きな目と赤く上気させた頬を、涙でキラキラ光らせていた。
 そして、思い切り泣きたいのを懸命に堪えているのか、小さな淡い色の唇をへの字にしていた。
「私が先生に説明します。だから……あの……ごめんなさい」
 女の子が口を開くたび、涙が大粒に変わる。
 綺麗な涙だ。
 こんなにキラキラと輝く涙を初めて見た。
 それに、とても綺麗で一生懸命な泣き顔だ。
 赤ん坊が懸命に泣くのに似ている。
 いや、そのものか。
 自分のことなど、一切考えてないんだろう。とても純粋な泣き顔だ。
 俺は女の子に魅入りながら、不謹慎だと思いつつも胸を熱くさせた。
 泣き顔がこんなに可愛いなら、笑顔はもっと可愛いだろう。
 俺は、無事な手をそっと女の子の頬にあてた。
 なんだこの感触。
 肉まんよりも柔らかい。
「落ち着いて」
 自分でも驚くほど柔らかい声で、俺は女の子を労わった。
 女の子の頬を触ったのって初めてだからわかんないけど、女の子の頬って、病気かもと疑うほど熱いものなのか?
 それとも、この子が興奮しているから熱いだけ?
 初めて尽くしに、俺の心臓が爆発しそうなほど鼓動を速めて煩い。
 ムラムラというか、胸が熱いを通り越して痛くなってきた。
 俺の性格の悪さが原因で、幼稚園時代からまわりの女子に嫌われ、小学校でも色々あったから、女子のほとんどが苦手で、恋愛はもちろん女子に好意をよせることなく成長してきたけど、俺の価値観が今、一変した。
 保護欲を掻き立てられるというか、なんというか……たまらない。
 今すぐこの子を抱きしめて、すべての視線から守りたいと思う俺って異常か?
 落ち着け俺。
 相手は泣いている女の子だぞ。
 弱っている相手を守らなきゃと感じるのは当然として、男として興奮するのはなしだろう。
 ……いや、ありだ。
 だって、人目をはばからずに抱きしめたい衝動に駆り立てられるなんて、初めてなんだ。
 もしかして、これが一目惚れか?
 他人を分析したり、誘導するのが得意な俺が、そんな打算や駆け引きを忘れて一瞬で惹かれてしまうなんて……。
「私のせいなのに落ち着けません!」
 女の子は頭を振ると、強い意志を持った瞳で、真っ直ぐに俺の瞳を見つめてきた。
 絶えない涙で潤い続ける女の子の瞳に、俺が映る。
 この子、一見弱そうにしか見えないけど、芯がとても強いのかもしれない。
「わかったから、まずは俺から両手を離してくれないか? 話はそれからだ」
 俺は、出来るかぎり優しく女の子に微笑みかけた。
 女の子は自分のしていることに今気づいたのか、目を大きく開いて驚いた顔をした。
 そして、慌てて俺から両手を引くと、地面に倒れている黒の学生鞄を拾いあげて抱きしめた。
 あれ?
 見る見るうちに、女の子の耳や手や首が赤くなっていく。顔も、最初から染まっていた頬以外が赤くなっていく。
「まずはこれ。キミのでいいんだよね」
 俺は巾着を女の子に差しだした。
「おばあちゃんのお守り」
 女の子は愛おしそうに巾着を見つめると、そっと両手で包み込むようにして受け取った。
 純粋で眩しい女の子の表情に、俺は怪我をしながらも巾着を守れたことが誇らしくなった。
「ありがとうございます」
 女の子が勢いよく頭をさげた。
「いいって。謝ってほしくて拾ったわけじゃないし」
 俺は慌てて女の子の両肩に触れた。
 見た目以上に小さくて細い肩だ。
 俺は女の子の肩を掴みかけて躊躇うと、そっと手をのせるにとどめた。
「ほら、顔を上げて」
 俺は女の子の耳元に唇をよせ、柔らかく話しかけた。
 女の子がおずおずと顔をあげた。
 真っ直ぐな女の子の澄んだ瞳に、俺はいけないことをしている気がして両手を離しそうになった。「あの、病院に行きましょう。時間がないなら、せめて手当させてください」
 女の子が思い詰めた表情でまわりを見やった。
 もしかして、俺の手当ができるところを探してるの?
 そんなこと気にしていたら、受験に遅れるって発想がないのかな。優しいのか、それどころじゃないのか……。
「あのさ、キミ、これから受験だよね」
 俺の質問に、女の子は少し肩をすぼめた。
 そして、小さく「はい」と答えた。
 なんだこの遠慮の塊は。
 大切な日なのに全然それを主張してこないとこも、俺のツボだ。
 可愛すぎる!
「上西高校だよね」
「はい」
 女の子が上目遣いで頷いた。
 その小動物的な動きに、胸がくすぐられる。
 本当に、なんなんだ。
 この可愛い生き物は?
 今すぐ持ち帰って、保護したいんだけど。
 女の子の唇も頬も指も喉も、全部が柔らかで美味しそうに映る。
「なら、上西高校に行こう。歩いて一〇分もかからないし、その方が早い。行先は同じだから受験にも間に合う。それに、受験日は体調を崩すヤツが出やすいから、養護教諭が朝から保健室に缶詰してんじゃないかな」
 俺は努めて明るく振る舞うと、少し屈んで女の子の目の高さと自分の目の高さを合わせた。
「あと、俺の受験のことは気にしないで」
 もう少し顔を近づけたら、キスができるな。
 そんなイケない妄想をしつつ、俺は女の子へ目を細めた。
「えっ?」
 女の子の瞳が揺れた。
「だって俺、すでに受かってるから」
 俺はブレザーの胸ポケットを掴み、校章のピンバッチを見せた。
 女の子がわからないと言いたげに、僅かに首を傾げた。受験先の制服を覚えていないのか、それとも気が動転していて気づいていないのか……。
「この制服と校章、見慣れてないなら気づかなくて当然だけど、これ上西高校のなんだよね。つまり、俺は受験生じゃなくて生徒なんだよ」
 俺の告白に、女の子が茫然となった。
 そりゃそうだよね。
 今まで、俺の受験の心配をしてくれてたわけだし。
 これで、少しは肩の荷が下りたんじゃないかな。
「だから、そんなに責任を感じないで」
 俺は女の子に笑いかけ続けた。
 けど、逆効果だったみたいだ。
 女の子が激しく首を横に振った。
「受験生じゃなくても同じです!」
 女の子は言い切ると、弱々しく「指が折れてる可能性だってあるのに」と呟いた。
 しまった!
 痛くてなるべく指を動かさないようにしてたのが、裏目にでた。
「大丈夫大丈夫」
 俺は笑って怪我した手をグーパーさせた。
 泣きやみかけていた女の子が、目を見張った。
 次の瞬間、
「よくないけど……よかった~っ」
 女の子が声をあげて激しく泣きだした。
 俺は思いもしない展開に固まった。
 まわりを見れば、居合わせた全員がこちらを見ながら素通りしていく。
 一人、見知った顔が困った表情で俺を見ていた。
 澤村隆一ことリューイチ。
 今年度後期の生徒会長であり、来年度前期の生徒会長だ。
 リューイチが、右手で先を指した。
 ジェスチャーだ。
 先に行ってるだな。
 俺は片手を顔の前に立てて、謝るポーズをした。
 ああ、行っててくれ。
 スマン、遅れる。
 リューイチが頷いて歩きだした。
 リューイチは数少ない俺の親友だ。
 そして、幼馴染の腐れ縁だ。
 だから、簡単に意思の疎通がはかれる。
 よしっ!
 これで気兼ねなく遅刻ができる。
 俺は女の子の肩をそっと抱いた。
 そして、ほんの少しだけ力を込めて歩くように促した。
 女の子が、操り人形のように簡単に歩きだした。
「一緒に上西高校に行こう。ついたらすぐに手当するから。だから、もう泣かないで」
 エスコートするように歩きながら、俺は女の子を抱く手に集中した。
 抱いてわかる。
 この子、すべてが小さすぎる。
 今入れている力の加減が正しいのかどうかわからなくて、俺は内心狼狽えていた。
 力加減を少しでも誤ったら、女の子を倒してしまいそうで怖い。
 俺は、初めて異性を一人の女性として意識した。
 幼稚園のとき、少しだけ女の保育士を意識したことがあったけど、あのときの『俺だけを構え』な気持ちとは全然違う。
 あのときは、先生の目を引くのにただただ躍起になっていた。緊張感なんてなくて、ただただ自分を主張するのに忙しかった。
 今は逆だ。
 緊張しすぎて、右手と右足が一緒に出そうだ。
 俺は女の子を傷つけないよう、細心の注意を払いつつ、ビクビクドキドキしながら歩いた。

【side:日向にこ】

 涙をこらえなきゃと閉じた唇に力を入れて、お守りを護ってくれた恩人さんに促されるまま歩く。
 恩人さんの体温がじんわりと肩に沁みて、気持ちとは裏腹にますます涙腺が弱くなってしまう。
 私は歩きながら、スカートのポケットからハンカチを取りだした。
 目を閉じて、溢れる涙をハンカチに吸い込ませる。
 今すぐ涙を止めたいのに、絶えず溢れてしまう。
「今のうちに泣きたいだけ泣いたら? きっとラクになれるから」
 恩人さんの心地いい柔らかな声に、私は首を横に振った。
 見上げると、欠けて消えそうな月のように恩人さんの唇がぼんやりとわかった。けど、表情は涙でにじんでハッキリと見えない。
 きっと、とっても困った顔をしてるんだろうな。
 迷惑をかけてごめんなさい。
 怪我をさせてごめんない。
 気を遣わせてごめんなさい。
 何度も何度も心で謝る。
 本当は言葉にしたいけど、今言葉にしたら、もっともっと涙が出てしまうから、言葉にできない。
 今日はまだ少ししか始まっていない。
 なのに、もうすでに散々すぎる。
 受験当日にお守りを落とし、恩人さんに怪我をさせた挙句、無事な私が介抱されながら歩いている。
 今の私は迷惑でしかない。
 歩くテンポがゆっくりなのは、恩人さんが私に合わせてくれているからだよね。
 ここまで気遣ってくれるなんて、恩人さんはとてもいい人だ。
 いい人すぎる。
 涙でにじんでしか見えないけど、きっと優しい顔をしているんだろうな。
「学校につくまでには落ち着くよ」
 恩人さんが、ポンポンと優しく私の肩を叩いた。
 私はコクリと頷いた。


 体験入学で入ることがなかった保健室は、床に正方形の木のパネルが貼られていた。
 天井と床は真っ白。
 壁に並ぶ灰色のスチール棚。
 奥には、間隔を空けて2台のベッドが並んでいた。仕切りのカーテンは開けられ、掛け布団が半分に畳まれていた。
 病院に近い雰囲気の中、コーヒーの香りが漂う。
 私の涙が止まったのは、志望校に辿りつくころだった。
 校門で受験生に声をかけていた恰幅のいい先生らしき男性が、泣き腫らした私を見て驚愕し、恩人さんに「スガノ! 受験生相手に一体何をやらかしたんだ‼」と叫んだ。
 スガノと呼ばれた恩人さんは、先生の声量にビクッとなった私の肩をあやすようにさすると、「スミマセン。この子の前でちょっとヘマしてこんな怪我したら、驚かせて大泣きさせちゃいました」と、痛々しい手をヒラヒラさせた。
 涙が引いたばかりの私は、恩人さんの甘くて爽やかで人好きする顔立ちを、ようやくちゃんと見ることができた。
 恩人さんは、漫画や映画にでてくるイケメンそのものだった。
 例えるなら、『勉強もスポーツもできる優等生タイプ。しかも、物腰が柔らかい優しいお兄ちゃん』。または、『物腰優雅な王子様』。
 罪悪感でいっぱいだったはずが、恩人さんのイケメンぶりに、こんなときにいけないと思いつつも、胸をドキドキさせてしまった。
 今も、ドキドキしてる。
 目が合うだけで体中がますます熱くなって、これから受験なのに見惚れてしまい、頭の奥がボーッとしてしまう。
 恩人さんは、私とは住む世界が違う人。
 同じ学校にいたとしても、同じ空間にいたとしても、用がなければ絶対に話すことがない人。
 縁がない人。
 そんな人に、私は助けられて、慰められて、優しくされて……。
 こんなこと、もう一生ない。
 受験前なのに、私が持つすべての運を使い果たした気がする。
 受験に落ちたくないけど、泣きすぎたせいか、なるようにしかならないと不思議なほど気持ちが落ち着いていた。
 あんなに泣いたのは久しぶりだった。
 自分のせいで誰かが怪我をするのは、初めてだった。
 恩人さんの怪我を見た瞬間、恐怖と申し訳なさと不甲斐なさがいっぱいになって、まわりが見えなくなった。
 そして、ただただ謝るしかできなかった。
 ケロッとした恩人さんに、慌てふためいたのは先生らしき男性だった。
「何ヘラヘラとのん気に笑ってるんだ。早く保健室へ行け! 全力で走って行け‼」
 校舎を指す男性に、恩人さんは「はーいっ」と優等生な返事をすると、私を連れて校舎に向かった。
 そして今、私は保健室で恩人さんと並んで固い長椅子に座っているわけで……。
 向かいには、恩人さんの手当を終えた保健の先生が、キャスターつきのイスに座り、猫のイラストがプリントされたマグカップを持っている。
 女性の先生だ。
 黒のタートルネックとスラックに白衣を羽織り、二〇台なのか三〇代なのか年齢不詳のスッキリした顔立ちの先生で、化粧っ気はなく、ボサボサの髪を雑に束ねていた。
 先生は恩人さんの怪我を見ると、「見た目が派手なだけで大したことないわ。唾つけとけば治る。くつろぐ前にそこで手を洗ってこい」と笑い、恩人さんを放置したまま、「顔を拭いたら」と涙で顔がガビガビの私へとおしぼりをくれた。
 それから、先生は恩人さんの怪我を手当してくれたんだけど、傷口にオキシドールをかけて、塗り薬を厚めに塗り、指には絆創膏を、甲にはガーゼをあててテープで止めるシンプルなものだった。
 先生は恩人さんとケタケタ笑いながら電気ケトルでお湯を沸かし、温かな飲み物を三人分作ってくれた。
 一つ目は、今、先生が持っているマグカップのインスタントコーヒー。
 二つ目は、くつろいでいる恩人さんが持っている紙コップのインスタントコーヒー。
 もう一つは、私が両手で包んでいるインスタントのコーンスープが入った紙コップ。
 恩人さんの怪我の手当が無事に済み、保健の先生から『大丈夫』のお墨付きをもらったら、安心して力が抜けてしまった。
「こんな可愛い子の役に立てたなら、名誉の負傷じゃん。カッコイイッ」
 口笛つきで茶化す先生に、
「でしょう? 俺、ラッキーですよ」
 恩人さんがヘラッと笑った。
 早めに家を出たから受験開始までまだ時間はあるけれど、私、試験前に志望校でスープを飲んでいていいのかな?
「彼女が受験生じゃなきゃ、このままお持ち帰りできたのにな」
 先生がニタニタした。
「それが、持ち帰る暇がないんですよ。そもそも、暇があるなら学校に来てないですから」
「それは可哀そうに。こんな可愛い子とお近づきになれるチャンスなんて、早々ないぞ」
「確かに」
 二人が声をあげて笑った。
 どう見ても本気で話していない二人に、私は恥ずかしさいっぱいのまま、黙って小さくなった。
 笑い話のネタとわかっていても、自分をこんなに美化されてしまうと、居たたまれなさ過ぎて今すぐ全速力で逃亡したい。
 顔もだけど、全身がくすぐったさと恥ずかしさで熱い。
「スガノは、その顔のくせに全然浮いた話がないからなあ。先生、心配してたんだぞ。来るもの拒まずのようでいて、全拒否の人嫌いかと思ってたんだが、そうじゃなかったんだな。自分の顔とスタイルがいいからって、理想が高すぎると婚期を逃すから注意しろよ。まあ、こうして可愛い子と出会えてるんだから、今さら言うことでもないか」
 先生の話に、私は『やっぱりモテるんだ~』と恩人さんを見つめた。
 スタイル抜群で、優しくて、顔がいい。
 三拍子揃ってモテないわけがない。
「仕方ないじゃないですか。俺にだって好みがあるし、まわりを見てると面倒というか、大したのいないし、束縛されるリスクを考えると『ヤりたいから付き合う』とか『マシだから付き合う』とか、マジでありえないですから」
「今どき、固いねえ」
「そっかな~っ。こう見えて俺、小学生の中頃まで同学年女子に嫌われまくってたんですよ。今ではそいつら全員、平然と俺に話しかけてきたり、色目使ってきたり、告白してきたり。そういうのダメなんですよ。それに俺、中身は昔と全然変わってないし……。あと、過去に色々痛い目見たから、相手を観察する癖がついちゃって、こういうタイプはこうなんだなって、相手の仕草や話し方とかでおおよそ見当がつくようになったというか」
 恩人さんの嘘みたいな発言に、私は瞼をパチパチさせた。
 恩人さんが同級生の女の子から嫌われまくっていたとか、全然想像がつかない。
「そりゃ災難だ。見る目ありすぎも問題だな」
 先生がケラケラと笑った。
「それに、こんなに可愛い子。俺の今までの人生にいませんでしたから」
 恩人さんが私を見て笑みを深めた。
 瞬間、私の体中の血という血が沸騰したんじゃないかってくらい全身が熱くなって、私は肩を竦めて固まった。
 自分の熱でヤケドしそう。
「私もお前より長く生きてきたが、こんなに可愛い子は初めてだよ」
 先生は私を見てクスッと笑うと、コーヒーを一気に飲み干した。
 もう無理だ。
 ヨイショされすぎて、居たたまれなさに消えたい。
 心臓に悪い。
 もう逃げよう。
 猫舌の私は、もう少しで程よい熱さになるスープを、ちょっと無理して飲み干した。
「あの、ご馳走様です」
 私は紙コップを捨てようと立ちあがった。
 キョロキョロとゴミ箱を探すと、
「もう行く? じゃあ、それ貸して」
 立ちあがった恩人さんが促してきた。
 断るのも変なので、恩人さんに紙コップを差しだすと、恩人さんは私の紙コップに自分の紙コップを重ねた。
 いつの間にか、恩人さんの紙コップも空になっていたんだ。
 恩人さんは私の手から紙コップを受け取ると、手を伸ばしてきた先生に預けた。
「これでゴミはオッケー」
 恩人さんは満足そうな顔をすると、腰をおろし、私が座っていた場所を軽く叩いた。
「急ぎたい気持ちはわかるけど、もう一度座ろうか。いっぱい泣いた後だし、教室で慌てないよう、ここで受験票とか一度確認したほうがいいよ」
 恩人さんの言うことはもっともだ。
「そうします」
 私は頷いて座った。
 そして、長椅子の端に置いていた学生鞄を腿に置いた。

 恩人さんは受験に必要なものを一緒に確認してくれると、私を受験会場となる教室まで案内してくれた。
 たくさんの受験生がいるはずなのに、廊下は静か。
 まばらに訪れる受験生は、ドアに貼られた受験番号を確認すると、黙って教室に入っていく。
 空気がピリピリと張りつめていて、息苦しい。
「この教室だね。じゃあ、キミが俺の後輩になるのを楽しみに待ってるから。力を出し切れるように祈ってるね」
 恩人さんはそう言うとドアを開けてくれた。
 私が教室に入ると、恩人さんは軽く手を振ってくれた。
 柔らかな声と柔らかな笑顔に後押しされて、私は「頑張ります」と緊張しながら答えた。
 恩人さんが「頑張ってね」と笑みを深めてくれた。
 私は頷くと「行ってきます」と教室のドアを閉めた。
「ニコ、受験当日だってのに、いい身分じゃない。何余裕ぶちかましてるの? 受験生の分際でいつ彼氏作ったの? チラッと見えたけど、なんなのあのイケメン。今ここにリア充ほど不要なものはないんだからね」
 いつ私の後ろに現れたのか、スタイルと運動神経抜群が抜群の美少女で、ショートカットが小顔をより小さく見せている親友・谷地里佳子ことリカちゃんと、
「明日の休み、リカとニコんちに行くから。そんとき、ちゃんと言い訳を聞かせてね」
 見た目はホンワカしているけど、実はしっかり者で、肩を隠すほどの長さのフワフワな癖毛が可愛い見崎春奈ことハルちゃんに、食いつかれそうな形相で詰めよられた。
 その迫力に、私は思わずコクコクと頷いた。
 追い詰められた受験生って……怖い。