緩やかに車は減速し、ハザードランプを点けて停車するのと同時にチェンジレバーをパーキングに移す。

そんな翔太の一連の流れを目で追っていれば、「着いたぞ」なんて。






耳に心地好い低音で言葉が紡がれたから、


「うん。ありがと」


そう口にして笑みを浮かべ、出社しようと車のドアに手を掛けた。







と、そのとき。


「――ちょい待ち」

「…、なに?」


思い掛けず呼び止められた声に振り返ると、ゆるりと口角を持ち上げた男が視線だけで制するものだから口を噤んだ。







その堂々たる風貌からして、先日余裕なく弱みを見せた男だとは到底思えない。

半ば感心の思いでその横顔を見つめていると、そんな此方の視線に気付いているのか否か。




「今日の夜、空けといて」

「……いいけど。なんで?」

「ひーみーつ」





にやりと企むような微笑を混じてそう零した翔太。

眉根を寄せて怪訝さ剥き出しの表情で視線を送るあたしにも動じることは無く、今にも鼻歌を唄い出しそうなほど機嫌が良いのは明白だった。