No border ~雨も月も…君との距離も~

「 私。 妊娠してるんです。」

カオリちゃんの声が 何度も私を 追いかけてくる。

別れて3ヶ月の 彼らにそんなことがあってもおかしくない。

だからって……。

ナンシーは……なんで、殺されたんだろう……。
て いうか、今……関係ない。

横で眠ってた、シドは最低だよね。薬のせいと言えども……最低…な男だよね。
そう……今、パニクってる自分を落ち着かせるためには、こんな事を考えていないと やってられない。

最っ低な……事態。

アンコールが終わって、ほどなくしてシンは この部屋の扉を開けた。

ガツン……と重い扉が開くと、私とカオリちゃんは同時に そこに顔を向けた。

その人が シンだとわかると、その場に躊躇する私とは反対に カオリちゃんは 勢いよく立ち上がり
シンに ふわり……と同化した。

あまりにも簡単に……。

あまりにも自然に、彼女はシンを “ 私のもの ”だと見せつけたような 気がした。

綺麗すぎる涙が、彼女のまつ毛の先に まだ残っていて……ズルい。

シンの首に 巻き付けた カオリちゃんの両腕を、彼は きっと ほどけないと思う。

私は、抱き合う二人の脇をすり抜けて 鉄の扉に力を込めた。

そして、身体中から込み上げる切なさと嫉妬から逃れるように……この部屋から 飛び出した。

「 紗奈っ! 」

螺旋階段を かけ降りる私の背後から、名前を呼ばれたような気がした。

けれど、今にも泣き出しそうな グチャグチャの顔で振り向ける訳もなく……。

とにかく二人から離れないと 私がこれ以上限界。

これ以上……もたない。

ライブが終わった後も、まだ ひかない人々の列に逆らって……鈴ちゃんが 後片付けをするホールを横切って ……“ STAFF ONRY ”と書かれた部屋に逃げ込んで……後ろ手に扉を閉めた。

はぁ……はぁ。 はぁ……はぁ……

心臓が耳にでも 付いているかのように、自分の胸のズキズキが 鼓膜の奥で大きく脈打っている。

今なら、まだ 間に合う。

今なら、引き返せる。

シンへの気持ち、少し頭を冷やせば 今なら……

まだ。

全然 平気だと、笑って誤魔化せる。

何もなかったことに、リセットできる。

事実……何もない。

私は、この小さな 物置部屋の空気も足りない気がして、非常口と書かれた 勝手口から外に出た。

どこでもいいから、ここから逃げたい。

人、一人しか通れない細いコンクリの階段の隅にさっき チラついていた雪が残っている。

息がパッと 白く変わり、かけ降りた先は 駐車場へと繋がっていた。

BIG4の クリーム色の外壁は 所々 モルタルが剥げ落ちて その部分から黒ずんだコンクリートが露になっている。

私は、そんな外壁に ズルズルと背中を這わせてしゃがみ込んだ。