No border ~雨も月も…君との距離も~

カオリちゃんの顔に ますます 涙が 溢れ出す。

彼女の流す涙とガラス越しのシンの首筋の汗を交互に 見つめる。

そして……カオリちゃんの声を この時 初めてしっかり聞いたように思う。

「 私。 妊娠してるんです。 」

MCの最中……。

シンが、ペットボトルに唇を つけている、数秒のしんとした空間に カオリちゃんの声が 響いた。

私の 心拍数が、一気に上がる音を この部屋に拾われてしまうような 気がする。

それから……シンが、この部屋の扉を開けるまで、自分が何をしていたのか…よく覚えていない。

頭が 真っ白っていうのは、こういう事。

たぶん……息はしてた。

生きてる。

私は、カオリちゃんに どんな言葉を掛けたのだろう……。

いや……?全く その事に触れずに、話さなかった気もするし……

動揺を隠す為に やたらと言葉を探した気もする。

覚えが……ない。

ashのライブが終わって、そのまま流れるようにサプライズセッションが始まった。

ashのメンバーに混じって、別のバンドのギターとベースが加わる。ボーカルもツインボーカルになると 音量が一段と上がって、会場は一層……盛り上がりを見せた。

サンタ衣装から、パンク仕様のTシャツと 膝が激しくダメージのGパン姿に着替えたシンは、
黄色の色つきフォックス型のサングラスがとても似合っていた。

翔平君の胸には……南京錠のチョーカー。
ギターから ベースに持ちかえる。

シドを意識した、遊び心がめちゃくちゃカッコいい…パンクバージョンのashに 思わず中腰の体制から 私は、爪先を立てて 伸び上がった。

「 ヤバーいっ。 カッコいいっ……。」

それだけ、声に出せたのを おぼえている。

カオリちゃんは、私の呟きに 頷きながら……堪えきれなくなった涙を ワッと流しながら……正面のシンからワザと目をそらしていた。

シンと変わらない年齢で……この世を去った

シド・ヴィシャス。

彼の短い生涯は……共感なんて出来ないくらいパンクだから、死んだことに同情なんて出来ない。

そして……ナンシーは、彼女のナンシーは……どんな気持ちで、殺されたんだろう……?

ひどく 盛り上がるホール。

隙間のない人の波の中に……シンがダイブする。

ラストの歌詞と同時に……シンが、消えたことに驚いて、思わず叫んでしまう。

私の手の中から、スルッと彼が消えてしまいそうで……心が ちぎれそうになったから、叫んだ。

「 シンっ!! 」

ホールの中央は 大きな渦のような形に変形し……

「 きゃーーーー!!シーーーーンっ! 」

と、訳のわからない悲鳴のファンの子達が、シンを もみくちゃにしていた。