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1か月後 ー9月ー

シンの東京のアパートは 翔平君のアパートと目と鼻の先。

家賃も同じくらいだそうだが、少し築年数が新しい分 狭かった。

料理をするのも不便で…まな板を置く場所すら確保に悩む。

シンの好きな卵焼きにラップをして…二杯分は あるかな、味噌汁に蓋をして、炊飯器のタイマーのスイッチを入れる。

シンが バイトから帰って来る頃に、調度 炊き上がるといいな…。

鍵をかける時が、一番…切ない。

鈴ちゃんを想うと…私の会えない時間なんて、何でもないことだから……この切なさは 言葉になんて出来ない。

次の金沢行きの かがやきに乗れるように 私は急いで東京駅へ向かった。

信じられないことに…タクちゃんの初七日を過ぎた頃から シンの声は出なくなった。

ストレス性の一時的なものだと診断されたが、歌うどころか 話すことも上手く声にならないボーカリストに……伝説のバンドの再建は、とりあえず考えられなかった。

ヤンチャで後先を考えない彼は……

本当は誰よりも繊細で 他人の心に寄り添い過ぎてしまう。

ヤンチャなのは、本当の傷つきやすい自分をガードするため。

怖がりな自分を隠して……見えない未来に怯えないために……軽く ケラッと笑って生きてきた。

そうでもしないと……彼はきっと。

立っていられない。

楽しい歌も……恋の歌も、誰かを励ませるかもしれない歌も……

優しすぎるシンには、今、歌えないのだ。

哀しい歌は……哀しすぎて 歌えない。

シンは、そう呟いて 押し黙った。

声が出ない。

歌えなくなったシンを見て思った。

人、一人の命が どれだけ大切なものなのか……

胸を射ぬかれた。



たった一人の命で 誰かが 一人でも幸せになれるなら、一人でも笑うことができるなら……

それは……価値あるものになる。

世界が 1つ笑うことになる。



タクちゃんの命1つで ……彼の傍にいた人々の生き方は 全く違う未来を生きることになった。

一人の命が 失われて……どれだけの哀しみがそこにあったことか……

どれだけの迷いがそこにあったかことか……。

胸の痛みは……消えない。

命は、半端ないんだ。

思っている以上に、一人一人の その命は半端なくて……

大切だということに。

バカだね……。

当たり前の事なのに……。

人は 失って初めてその現実に 驚いて……胸を射ぬかれる。

声が出ないシンと同様に、翔平君の落ち込み方も尋常じゃなくて、

「 俺が タクを殺した……。」

と、自分を責める日々を送っていた。

今は、深い哀しみに自責の念と虚しさ、そこに苦しい生活と脱力感が 覆い被さっていた。