見たこともない へしゃげた鉄の塊が…トラックのバンパーに絡まり付いている。

その フロントガラスは初めから無かったのではないかと思うほど、見事に砕け散っていた。

砕けて…いた。 そこにある全てが…。

キラキラと小さなガラスの破片に 雨の雫達が…騒ぎ始める。

雨は無情に……道路を黒く染めていく…。

私の…髪も、肩も…叙々に 重くしていく。

「 タクっ…… タクっーーーー!!」

シンの 今までに聞いたことのない声に、全身が動かない。

この信じがたい現実に、身体がいうことを効かない。

黒光りする鉄の塊になった バイクから数メートル飛ばされた 交差点の傍らに 横たわるタクちゃんの姿を見つけると…シンは名前を叫びながら 走り寄った。

「 タクっ!! おいっ!! タク、しっかりしろっ。
タクっーーーー!!」

メットを付けたままの タクちゃんの身体に雨が降りかかる。

思ったより冷たい雨から 彼を守るように…シンはタクちゃんの肩に両手をかけて覆う。

「 紗奈っ。紗奈…聞いてる? 聞こえてるっ!!」

「 うん……うん。」

「 救急車……早くっ! 救急車っ…」

シンの震える声に、私は後退りしながら…

強く 頷いた。

こんなの…現実…じゃない。

私は、1度…2度、スマホを落としては…動揺で汗が滲む指先で 119番を 押した。

シンは、自分のTシャツを脱ぎ去るとタクちゃんの胸に掛ける。

雨は……容赦なく…降り注ぐ。

シンの前髪から……顎に伝って流れる雨をかまわず、シンは 決心したかのように タクちゃんの胸で手を重ねる。

心臓マッサージをする シンの上下する身体の動きと共に雨粒が 跳ね上がる。

まるで……必死にタクちゃんの身体に 命を閉じ込めようと……両手に力を込めるシンが スローモーションに見えてくる。

早く……

早く……

早く、誰かっ! 助けてっ!!

電話の向こうの救急隊の声が すごく遠くに感じる。

あの日、もう少し早く…あの雨が降っていれば…。

激しい通り雨が、もう少し早く…降っていれば…

彼は バイクに乗らなかっただろうか…。

「 タクっ!!……タク…… 息……。
息しろってーーーーーっ!! 返事しろっ!!」

泣き崩れるシンに変わって、翔平君が 命を押さえ込む。

「 シンっ!! 続けろっ!!」

誰かに……こんなに すがったことは無い。