「さくらさんお願いします」
今日何回聞く言葉だったろう。
席を抜かれたわたしに、深海が独り言のようにボソッと呟く。
「久しぶりに驚いたよ」
「わたしも…自分でもびっくりなんですけど。指名って一気に返ってくるもんなんですね」
「いや、それもだけど…さ」
心臓がどくんと高鳴る。
深海が足を止めたのは、VIPルーム。
光の顔が脳裏を横切る。
‘賭けてもいいよ。小笠原さんは…1週間以内に君を指名しにシーズンズに行く’あの時の言葉…。
今日がちょうど約束の1週間だった。
扉をノックしようとする深海の手が一瞬止まり、わたしの方へと振り返る。
「小笠原さんは…
はるなをつけても綾乃をつけてもシーズンズでは誰も本指名では返したことがなかったんだ。と、いうか俺がこのグループに入ってから…小笠原さんが指名した女の子を見るのはさくらで4人目…。一体どんな魔法を使ったんだ?」
VIPルームの扉がゆっくりと開かれる。
ソファーに座り、柔らかく微笑んでいるのは小笠原で、光が言っていた言葉と深海がさっき言った言葉が交差する。彼が何を考えているのかは、わたしを指名したのかは、決して揺らぎもなく真っすぐにこちらを見つめる小笠原からは感じ取れない。
ボーっと立ちすくむわたしに「座りなよ」と微笑む。遠慮がちに小笠原の隣に座り、1番に疑問に感じた事を口に出す。
「…どうして、わたしを指名してくれたんですか…?」
まぁ、何か飲みなさい。と促す。
飲み物を頼み、乾杯をした後もいまの状況を頭で整理出来ずにいた。
ウィスキーのグラスを手の中で揺らす小笠原の瞳からはその感情を読み取る事は出来ない。



