「さーちゃん?」

名前を何度呼んでも、その人は穏やかに微笑んでいるだけ。
わたしは急に不安になって、彼女の腕を掴もうと手をのばす。
でも手を伸ばしても、伸ばすほど、その人の姿は遠くなっていくばかり。

「さーちゃん!さーちゃん!」

何度呼んでも、穏やかに微笑む彼女は
笑っているのに、泣いているように見えた。
それでもわたしは手を伸ばし続けた。
だんだんと世界がモノクロになっていって、彼女の姿が小さくなった瞬間、両目がぱっと開かれた。

わたしは夢の中で泣いていた。

でも、目覚めて真っ白な天井を見つめ、自分の頬を両手で触ったら、そこには涙の粒があった。

「夕陽!」

夕陽とわたしの名を呼ぶ人。
この街で、わたしをその名で呼ぶ人なんか1人しか知らない。

顔を覗き込む、その強い瞳と目が合った。
その瞳は安心したように目を細めて、ふぅーっと小さくため息を吐いた。

さっきのは夢。でも今目の前で起こっている事実の方がよっぽど夢のようだ。

「光…?なんで……」

起き上がろうとしたら、右腕に鋭い痛みが走った。

「いたっ…」

「馬鹿!ケガしてるんだから、寝てろ」

かけられていた布団をまくると、右腕にぐるぐると包帯が巻かれていた。
あたし…ゆいと風間の間に入っていって、ゆいが大きな悲鳴をあげて、自分の腕から血が流れた事までは覚えている。でもそこからぽっかり記憶が抜けている。