…寝てる。

しかも気持ちよさそうな寝息を立てて。
シングルベッドの壁の隅に体をよせて、すぅすぅと眠っている。
なんだこのやろう。そう思いながら、光の頬を軽くつねる。
するとうーんと寝息を立てながら、わたしの方へ寝返りを打つ。

その瞬間、光の寝顔が部屋の照明に照らされた瞬間、ぞわっと全身に鳥肌が立った。
嫌な焦燥感。
大好きな光の寝顔なのに、一瞬恐ろしいと思ってしまった。その理由は自分ではわからない。
けれど、わたしはこの寝顔をいつかどこかで見た。全然記憶にないのに、好きな人の寝顔を見て、恐ろしいと思うなんて…。どうかしてる。自分に言い聞かせて、ゆっくりとベッドに入った。

小さな寝息と共に、とくんとくんと心臓の音が聞こえる。
彼の胸に顔を寄せれば、人よりも少し体温と、いつもつけている海の匂いのする香水。
それを感じれば、さっきまで感じてた恐怖心はいつの間にかどこかに消えていた。

宝物のような温もりに、目を閉じて眠ってしまう事さえもったいないと感じた。
けれどまどろみのの中目を閉じていたら、いつの間にか深い眠りについてしまっていた。
朝起きたら、光の姿はもうなかった。
まるで初めから、そこになかったかのように、ベッドの片方だけが空っぽになっていた。
海の匂いだけ微かにその部屋に置き去りにしたまま。
いつだってそんな日は置いてきぼりにされた気持ちになってしまって、あなたはいつもわたしの先を行ってしまうような人で
それでも必ず戻ってきてくれたのに、何故あの頃のわたしはあなたを待っててあげられなかったのだろう。