「高橋~俺さくらに期待してるんだから手ぇ出しちゃったりしたらだめよ~」

ねっ、て顔を近づけて笑う光を前に硬直した体が動かない。
光からほんの僅か香水と混じってアルコールが香る。

「手ぇ出すって、社長じゃないんだから。
それより社長少し飲んでるでしょ。弱いんだからあんまり飲みすぎ注意っすよ」


‘手ぇ出すって、社長じゃないんだから’
高橋の言葉に胸がズキンと痛む。触られてドキドキしたり、胸が痛んだり、光の一挙一動に心が上下に動かされる自分がいて、でもそんな気持ちの名前なんて知らないから、わたしの肩の上に置かれた光の腕に自分のドキドキが伝わってしまうんじゃないかってことだけ不安だった。

「しょぉがないでしょ。お客さんにつかまっちゃったんだから。
それより深海は?」

「深海さんならもう帰りましたよ」

「マジー?話あったのに、あいつ電話出るかな~?」

「仕事終わった後の社長の電話なんかに出るわけないでしょ」

「あのっ!!」

2人の話を遮るように肩に乗せられた光の腕をどける。
光は少し赤い顔を更に近づけて「さくら顔赤くな~い?飲みすぎた~?」なんてぐんぐん近くなってくる。

「あたし!美優ちゃんと綾乃ちゃんと約束があるので帰ります!
高橋くん、社長おつかれさまでした!!」

鞄をさっと手に取り、その場から逃げるように走り出す。
絶対絶対に変に思われた!
お店を出て走り出す。眠らない夜の街のネオンはキラキラと光っていた。
この世界でひとりぼっち、なんて思う日もあった。けれどこの夜にひとつひとつ灯るネオンのように、ひとりひとりの物語があった。 だから本当はわたしもずっとひとりぼっちなんかじゃなかった。