「今日は車じゃないからお酒飲んでもいいの~。何泣きそうな顔してんだよ?」

「別にっ!
マスターあたしも桜フィズ!」

「あー、だからお前は飲むなって言ったろー!」

「今日は酔っぱらってませーん!それに気持ちも悪くないし、マスターのお酒なら悪酔いしないもん!」

こうやって何気ない会話をしていれば、わたしたちははたから見れば恋人同士に見えたのだろうか。
同じマンションに住んで、仕事が終われば一緒に帰る。
それが当たり前の毎日になり、いつの日かわたしたちは本当の恋人同士になれる。そんな夢を、あの頃信じて疑わなかった。

「んー!歩くのもきもちーね!」


「今日はなにやら上機嫌で」

さっきまで機嫌悪かったけどね、とは口が裂けても言えない。嫉妬深くて、嫌な女だと光には思われたくなかったから。
思えば、わたしはいつだって光の前で取り繕って、決して嫌な自分を見せないように必死だった。

そんな感情隠すようにわざとはしゃいでいたら、ブーツに足が取られて、転びそうになった。
「あぶね、」と言って、わたしの腕を掴む。

掴んだ腕は自然と手を繋ぐ形になり、少しほろ酔いで鼻歌を歌ってる光の横顔を見上げる。

「こんなところ…誰かに見られたら…」

「なーにー?聞こえないー」

意地悪な笑顔を浮かべ、強く手を握り返す。
その体温に触れて、やっぱりこの人が好きだと再確認する。

冬の夜空の下、ごく自然に手を繋ぎあるく夜。
この世界にこんな幸福があったなんて、知らなかった。