マスターは渋々お酒を作って、わたしの前へ差し出した。

「有明くんと何かあったの?」

目を垂れ下げて少し微笑み、珍しく、話をかけてきた。

「何かって、何もないですけど…」

「大丈夫だよ、有明くんは真面目な人だから。さくらちゃんを大切に思ってるよ」

何を知ってか知らずか、マスターはぼんやりとそんな言葉を呟く。

「大切にとかって問題じゃないですよ…。あたしと光はそういう関係じゃ」

「あれ?さくらちゃんは有明くんの恋人じゃないの?」

「全然そういう関係じゃないですよ…」

実際わたしと光は想いが通じ合っていたとしても、恋人ではない。
そういう関係を結んだわけでもないし、まだ付き合えないと言われたばかり。

マスターは不思議そうな顔をして顎に手をあてた。

「有明くんがここに来る時はいつもひとりだったから。
誰かを連れてきたのは初めてだし、毎日ここで待ち合わせして、一緒に帰ってるんだろう?
僕はてっきり2人は恋人同士なのかと思っていたよ」

その時、バーの入り口の鈴の音がちりんと小さくなった。
慌てたようにお店に入ってきた光は、わたしを見るなり、すぐに笑顔になった。

泣きそうになる。
マスターの言葉もそう。不確かな事ばかりで、信じる事はとても難しくて。
たとえ裏切られていたとしても、付き合ってもないわたしは光を責める資格も持ち合わせていない。
でも、不確かな中にでも、信じれる事がたくさんあるんだよ。

「飲むなって言ってるだろ~?」

わたしの前にあるお酒を取り上げ、一気に飲み干す。

「光……」