その日の営業終了後、1人でバーでお酒を飲んでいた。
ここ最近、引っ越してから日課がもう1つ増えた。
バー、グラフ。ここは光に教えてもらったお店で、平日はほぼ人がいない。
中年のマスターが1人話をかけなければあちらからは話しかけてくることはない。そんな物静かな空間が好きだった。
送りを使わなくなるくらいお店から家は近くなった。
それでも1人で帰らせるのは不安だから、と毎日光とこのお店で待ち合わせして、一緒に帰る。
本当は個人的に女の子を送るのっていけないことだけど。と照れくさそうに笑った光の顔が今でも思い出せる。
いつもはジュース。お前は酒が弱いんだから、と光に止められていた。
けれど今日は気分的にお酒を飲みたかった。
不安になるとお酒に逃げたくなる人の気持ちが少しだけわかるなぁ。
無論、光が忙しくて早く帰れない日はタクシーで1人で帰る日もある。でも新たに日常になったこの特別な出来事も光を信じれる要因にもなっていた。
けれど、今日は不安だった。
もうすぐ行くよー、と可愛らしい絵文字をつけて送ってきたライン。いつもと変わらないライン。でも綾乃を送っていったさっきの事実が不安を煽る。
…光は今日、来てくれないんじゃないか。
「マスターもう一杯」
「まだ飲むの?僕、有明くんに怒られちゃうよ…」
「今日は飲みたい気分なの!さくらのお酒!」
マスターが作ってくれる桜のリキュールのお酒が、ここではお気に入りだった。
桜の淡い色みと柔らかい炭酸と甘酸っぱい味。
女みたいだけど、と光はここに来ると必ずそのお酒を口にしてた。



