【完】さつきあめ

「どーしたの?慌てて」

「いや、別に…」

冬に向かっていこうとしていた冷たい空気が2人を包み。
彼女になりたかったわけじゃない。なんて自分に何度も言い聞かせていたけれど、心はどんどん欲張りになっていくばかりで、好きな人の全てを知りたいなんて、ただのエゴでしかなかったのに。

この寒いのにスーツの上着1枚で、茶色の髪を揺らしながらわたしへと背丈を合わせ、顔を覗き込む光の笑顔がこんなにも煩わしく感じたのは初めてだった。

「レイさんは元気?」

「うんうん。すっかり元気になって、双葉で楽しそうだよ」

「レイさんを双葉に移籍させたのは光?」

「そうだけど…。
なんかレイはシーズンズで働くのが辛そうだったし、夕陽もレイと仕事するのは…あんまり…だろ?」

何が、あんまりだったのだろう。
結局はレイさんのために、レイさんの気持ちを考えて、移籍させただけじゃないか。
意地悪な気持ちでいっぱいになっていた心が、嫉妬でうずまいて、大好きだった光の優しさまで濁らせていってしまう。

綾乃と付き合ってるのに、レイさんの気持ちも大切にしようとする、光が嫌いだった。

「そぉですか!
じゃあ、あたし用事あるんで!お疲れ様でした!」

視線も合わせず、それだけ言い残して顔を背けたわたしの腕を光は強く握る。
いつかと同じ、いつか更衣室ではるなに嫌味を言われた時みたいに強く握られても、あの頃より欲張りになっていたわたしにとってそれは嫌悪でしかなかった。

光を好きだと強く思えば思う程、醜くなっていくこの心を、冷たく冷えたわたしの手と、正反対のような熱い体温を持っていた光の手が、まるで別物のような気がして、乱暴に振り払ってしまう。