【完】さつきあめ

好きじゃなくなれればどれだけ楽だったんだろう。
この世界に入って初めて知った人を好きになる気持ち。
綾乃と光が付き合ってるっていう確証を見せつけられても、この気持ちが覚めるどころが強く強く募っていくだけ。
それならば、どれだけ惨めな道を歩こうとも、わたしは勝ちに行く。

高橋を振り切り、お店を飛び出す。
11月の風は冷たく体をすり抜けていく。
光の笑顔も、綾乃の優しさも全部嘘。
嘘ばかりの世界だよ、誰かが耳元でささやく。
頑張ったって、惨めになるだけだよ。それは悪魔のささやきか、それとも。

この世界に入って初めて出来た友達と呼べる人が美優と綾乃。
初めて好きになった人が光。
誰かを信じるというのが、こんなにも辛いなんて…。

夜の仕事をして、少し人気が出て、光の事を好きになって舞い上がっていた自分を2人が影で笑っていたなんて、信じれなくて、いや信じたくなくて。

きらきらと眩いネオンが瞬く街で、わたしは今日もひとりぼっちだった。
こんな誰もが感じるであろう孤独を、まるで自分独りで背負っている気でいっぱいだった。

あの頃のわたしは、本当に子供だったね。

「夕陽っ!」

暫くぼんやり歩いていた街の中で、わたしをさくらではなく、夕陽と呼ぶ人なんて1人しかいなかったはずなのに。何故振り向いてしまったんだろう。

「ひかる……」

わたしを見つけて、こちらへ駆け寄ってくる笑顔の光。
出会った頃と変わらない笑顔を見せる。いつからだったのだろう。皆に見せる、光の優しい笑顔が大好きだったのに、今はこの笑顔が嫌い。
光はいつも笑顔で自分の気持ちを繕って、本音は見せない人だから。
わたしへその笑顔を向ければ向けるほど、光の大切な人じゃない自分を蔑んで、惨めな気持ちでいっぱいになるんだ。