‐匠馬がイギリスに行く。
それを知ったのは、大学四年の十月だった。


私は普通に就活をして、今の会社に内定が出ていた。
匠馬はずっと就活はせずに、大学院に行く為の勉強をしていた。
大学院と言っても…今の大学の院でもレベルが相当高いだろうし、せいぜい東京か関東圏内だろうと思っていた。それなら私が働く以外は、何も変わらないなと楽観的に思っていたのだ。


その日も私はいつも通りに匠馬の部屋を訪ねた。するといつも通り匠馬は机に向かって勉強をしていて…私はベッドで寝転んで漫画を手にした時だった。

匠馬がふいに覆い被さるように私を抱き締めて‐一言「ごめん」と言った。

「ロンドンの大学院に合格した」
その瞬間‐私の時間は完全に止まってしまった。

「行くの?」の問いに、匠馬はただ頷くだけで…「そっか…」としか言葉は出なかった。


ようやく涙が出たのは、翌日になってからだった。
呑気にみんなが「卒業旅行どこにする?」って話をしていて…「ヨーロッパがいいんじゃない?」「ローマとかいいね!」

「でもさ、ロンドンとか良くない?
バッキンガム宮殿とか……って、千聡?どうしたの!?」

気が付けば…涙が出ていたらしい。

「行っちゃうんだって……」
「何か?!どうした?!」

「私を置いて…ロンドンに行っちゃうんだって!!」

結局その日はずっと帰るまで泣いていた。
抑えていた気持ちは収まらなかったが…結局それは、匠馬にぶつけられることは無かった。