「藤堂、帰ろうぜー」
向こうから声が聞こえてきて、びくっとして、立ち止まる。

声を掛けられてるのは、同じクラスの藤堂悠人君。
私がずっと見てたその人だ。
藤堂君は黒いプラクティスシャツの裾で汗を拭きながら、スポーツドリンクの青いスクイズボトルを傾けて、ごくごくと喉を鳴らしている。

「あー。つか腹減ったあー」
「食って帰る?」
「んー、今日は寄り道しねーって約束したんだよなぁ……」

聞き耳を立て続ける私。
約束? 誰と?
まさか彼女じゃないよね。
すると、サッカー部の面々がおもむろに移動し始め、少し隠れながら聞き耳を立てていた廊下へとなだれ込んできた。

「あれ。こんなとこに2年いる。誰かの彼女?」
そんなことを言いながら去っていく3年生たち。

や、やばい。見つかっちゃう。
首を振って否定して、門まで走りだそうとしたら――。

ズテーン!

体が宙に浮き、鈍くお尻と膝を打ち付けた音。少しの段差で足を挫いてしまった。
痛くてびっくりして、すぐには立ち上がれない。
ろ、廊下凍ってた?

「え、何事」
「痛そー」
「コケたの?」

半分笑いながら通り過ぎて行く2年生たち……。

こんなところ藤堂君に見られたら……!
すでに通り過ぎてくれていることを願っていたら、前に人影が現れた。

「遠野じゃん。大丈夫?」
「っ……!」

不思議そうな顔で膝を曲げ、顔を覗き込んでくる。
一番見られたくない人に見られてしまった――。