「おや、望月先生、そのスリッパは?」
ワンルームマンションのエントランスに入ってきた私に声をかけてきたのは、マンションの管理人でオーナーでもある渡辺さんだ。
彼女は丁度エントランスの掃除をしていたらしく、箒を片手に近寄ってくると足元を見つめながら、何々?と興味深そうに文字を読み上げる。
「今泉クリニック?ああ、あの二つ先の駅前にある内科ね」
私の顔を見直した渡辺さんは、そこからかっぱらってきたの?と滅相も無いことを言い出す。
「とんでもありません!」
窃盗なんてする訳ないでしょう、と否定し、慌てて病院を出たら靴と間違えてしまい、今更履き替えに帰るのも癪だから仕様がなく履いて帰ってきただけです、と説明した。
「その足元でよく電車に乗ったわね」
「乗る訳ないでしょう。徒歩ですよ、徒歩!」
イライラしながら部屋へ向かう。
後ろでは、渡辺さんが私の足音を聞きながらクスッと笑い、あれで歩いて帰ってくるなんて…と、小馬鹿にするように呟いてた。

