―駅にて―



駅に着くまで、私は魅音に運転手さんの話をされた。
『あの運転手さんは可愛くて、あの運転手さんはかっこよくて、あの運転手さんは声が良くて…』
前にも聞いたようなことをずっと話してきた。
はっきり言って、疲れた。もう嫌だ。早く魅音帰ってくれないかな…
「あ!もうそろそろバス停に行った方がいいんじゃない?」
「うん、そうする」
(やっと、魅音の運転手さんのノロケ(?)を聞かなくて済む。お願い、バスよ早く来て)
「今日は誰なんだろうね」
「そうだね」
「いい人だといいね」
「うん」
もう普通に会話する気力が私にはない。
(はっきり言って、私はあまり魅音のことが好きじゃない。何かあったらいつも運転手さんの話、それもしつこいから余計無理なんだよね。最近は、尚更嫌いになっていってる気がするし…そのせいで、私の魅音への態度はどんどん冷たくなっていってる。こんなこと思ってるのは、できるだけバレないようにしてるけど…もう疲れてきちゃったな。けど魅音にはっきり言う勇気もない、だから黙ってるんだけど。…友達の前でも、私は自分を偽ってる。正直に物事を言ったことは無い。今まで一度もね…あ、でも朝高城さんと話した時は別かな?思ってたこと色々言っちゃったし…)
そんなこと思いながら、できるだけ普通になるよう私は、魅音の言葉に相づちを打った。
「バス来たよ!」
ああ、これでやっと自由な時間が手に入る。
そう思ったのも束の間、
「え!?」
魅音がものすごく驚いていた。
「何?誰だった…の…?」
そう言い、私も誰か確認しようと運転席を見た。
(あ、まずい…)
そこには、今朝も見たはずの高城さんがいた。
「い、イケメンすぎる」
魅音が言葉を失ったのか、今までの饒舌がどこに行ったのか分からなくなるくらい、喋らなくなった。
(確かにイケメンだもんね、そうなるのは分かる…けど、バレちゃったか、高城さんの存在)
「じゃあ、また明日ね」
そう言い、バスのドアが開くのを待とうとした時、
「瑠璃、詳しくはメッセで聞くから」
いつもなら『じゃあね』と言って、帰っていく魅音なのだが今日に限って…いや、新しくいい人見つけたらいつも『メッセで聞く』と言ってから帰る魅音だったのを思い出して、頭を抱えたくなった。
私は、すぐにいつもの前の方の席に座って、ため息をついた。
(今日はすぐ寝れないのか…)
魅音が私に、運転手さんの事を聞くときは決まって、夜中の3時過ぎにならないと寝れない。
何故かというと、その運転手さんについて細かく聞いてくるからだ。
まずは声、その次にその人の癖がどんな感じか…とりあえず、色々と細かく聞いてくるからすぐに寝れない。
(今日は早く寝たかったのに…)
これも嫌いになる原因の1つだしね。
―プシュー―
私がそう考えてる内に発射する時間になったようで、バスが動き出した。
(あー、やらかした)
私は、今まで高城さんのアナウンスを聞き逃さないよう、考え事しないでいたのに、今回は魅音の事を考えていたせいで聞き逃してしまった。
(今日はツイてるんだがツイてないんだか分からないや)
余計に頭を抱える理由が増えてしまった。
走り出したバスの中で高城さんが朝、私に言ったことを思い出していた。
『今回はここまでのようです。また、私が運転するバスに乗ったとき、よかったら話しましょう』
高城さんと話せたっていうのもあったからか、今朝のことはよく覚えてる。
多分この先、今朝のことは忘れないと思う。…多分だけど。
なぜなら、初めて高城さんと話せたから。
そう考えてる内に、××駅のバス停から終点のバス停、私の家まであと半分ぐらいという所まで進んでいた。
私の降りるバス停まで、あと少しという所で乗客は私だけになった。
(まだ明日も学校あるし、今日は魅音から質問攻めになるだろうから…疲れとれないのか…家に帰りたくないし、色々と嫌になる)
「はぁー」
つい、ため息が出てしまった。
(しまった…高城さんの前だった、最悪)
「ため息をつくと幸せが逃げてしまいますよ?何かあったんですか?」
朝と同様、私の声(?)に反応して話しかけてきた、高城さん。
「あー、えっと…はい…」
私は正直に言おうか迷った。
けど、高城さんになら正直になってもいいと思った。
なぜかは分からない。
学校でも、友達の魅音の前でも、家でも、もちろん親の前でも自分に正直になったことがない私が…なぜか、高城さんになら正直になってもいい、言いたいことを言ってもいいって、この人の前では、自分を偽らなくていいと思ったんだ。
多分、今朝色々言ったのは私が意識してなかっただけで、自然とそう思ってたから口に出たんだと思う。
「合ってると思うんですけど…バスに乗る前まで一緒にいた子が原因ですか?」
高城さんの口からそんな言葉が聞こえてきた。
「何で…」
もちろん合っている、でも…
「何で分かったのか不思議、って感じですね」
高城さんはミラー越しに私を見てそう言った。
「…」
私は俯いた。何でかは分からない…反射的に下を向いてしまった。
「実は大学時代、独学で心理学を勉強してたんですよ」
その時に何かあったのか、高城さんの表情が少し暗くなった気がした。
「その勉強をしたおかげで、その時相手が何を考えてるのか…何となくで分かるようになったんです。…それで、あなたの顔を見て色々抱え込んでるってのが分かりました。もちろん、全部はわからないです、けどあなたが友達と上手くいってないってのは今日顔を見たら分かりました」
いつの間にかバスは私が降りるバス停に着いていた。
けど、私は降りる気になれなくて…
「私、どうすればいいんですかね?」
高城さんに聞いたところで何も変わらないのに、こんな事聞いても高城さんが困るだけなのに…私、何聞いてんだろ…
「どうすればいいかって人に聞くんじゃなくて、自分が何したいか、どうしたいかだと思いますよ?…まあ、私に言えるのはこのくらいです」
高城さんが、運転席から降りてこっちを向いた。
「私、友達の前でも親の前でも自分を偽ってきたんです。本当に思ってることも言えず、その場の空気に合わせて行動して、喋って…みんなに認められるように」
いつの間にか、私は泣いていた。
今まで溜め込んできたものが一気に溢れてきて、涙が出てきた。
「無理に認められようとしても、自分が辛く、キツくなるだけです。みんなじゃなくて、たった1人でもいいんです。1人にでも、認められれば十分ですよ。その人は、あなたが頑張ってるって分かってます。あなたが本当は優しい人だって分かってくれてますよ。だから、自分に正直になってもいいんです。今じゃなくてもいつかは、あなたのことを理解してくれる人が現れますから」
高城さんの言葉を聞いて私は、さらに泣いてしまった。
私は、ずっと心のどこかで待ってたんだ。
自分に正直になってもいいって言ってくれる人が現れるのを。
私は、自分に意地を張ってただけだった。
泣いている私の頭に手が置かれた。高城さんの手だ。
このとき、私は分かった。誰かに優しくされたかったんだ、と。
「ありがとうございます、話聞いてくださって…少し、楽になりました」
少したって、落ち着いてから私は高城さんにそう言った。
「もし何か相談したいこととかあったら、このアドレスにメールしてください」
そう言って、高城さんはメールアドレスが書いてある紙を渡してきた。
「あの…これって…」
まさかと思い聞いてみると、
「私の携帯のメルアドです、たぶん今日の様子だと誰にも相談できてない状況だと思いまして…ましてや、その状態で放っておくと行けない気がしたので…」
本当のことだから、何も言えない…
「あぁ、はい」
「もし、ちょっとした事でも送りたいことがあれば、気にせず送ってきてもらって構わないです。誰かに話すだけで少しだけですけど、楽になりますから」
高城さんは、そろそろ仕事に戻らないとやばいと思ったのか、早口に話すようになった。
私がバスから降りると、
「では、気をつけて帰ってくださいね」
高城さんが優しい笑顔で言った。
「はい」
(気をつけてと言っても、すぐそこの一軒家なんだよな…)
そう思っていると、バスが発車して車庫の方に向かっていった。