―はぁ、今日の運転手は誰かな。若い人だったらいいんだけどなー…。って考えたところで、別に誰でもいいけどね…―

そう思いながら、私、赤羽 瑠璃(あかばね るり)は学校へ向かうバスをバス停で待っていた。
♪♪〜
私の携帯の着信音が鳴った。
私はポケットから携帯を取り出して、画面を見た。
通知を見ると、友達の古手 魅音(ふるで みおん)だった。
『運転手誰だった?』
魅音は、私が乗ってるバスの運転手さんをほとんど覚えてる。
でも魅音はそのバスには乗らないから、私に聞いてきて、『今日は誰だった?相変わらずカッコイイ?』とか『やばいよね?』とか言ってくる。
バスを使ってる私よりも、運転手さんについては魅音の方が詳しかった。
とか言いつつ、私も運転手さんには興味あるんだけど…でも、私は魅音と違ってたった1人の人しか見てないから、魅音よりはマシだと思う…うん、多分。
魅音に興味持たれるのも嫌だから、話してないけど…
『まだバス来てないから分からないよ』
私は魅音に送った。すぐに既読がついて、
『分かったら教えて!』
そう返ってきた。
(こういう時に限って、返信早いんだから…)

―プシュー―
気がつくと、私の目の前にバスが来ていた。
バスが停車して、ドアが開いた。
乗客は誰もいないようだ。
それもそのはず、車庫から出てきて一番最初に着くのがここだから。
(と、その前に運転手誰か確認しないと…)
魅音に、教える為にも運転手さんが誰か確認するのは、私の日課だった。
「あ!」
私は咄嗟に口を抑えた。
(どうしよう…声出てたよね…)
よりにもよって、この運転手さんだとは思ってなくて驚きのあまり、声が出てしまった。
「どうされました?」
運転手さんが私の方を向いて話しかけてきた。
(話しかけてもらえたのは嬉しいんだけど、どう答えよう…)
「な、なんでもないです…」
私はぎこちなくなりながらも答えた。
運転手さんがにこやかに、
「何かあったら、すぐに言ってくださいね」
と言った。
「はい…」
そう返して、私はすぐに自分の特等席に座った。
特等席、と言っても一番前の、運転手さんに1番近いとこってだけなんだけど…
(この運転手さんが私が魅音に教えられない、興味持たれたら困る運転手さんなのです!
なんで説明口調になってるのかは置いといて、最近研修が終わったばっかで、たまにミスっちゃう時があるんだけど、そこがまた可愛かったり、多分ほかの人は気づいてないけど、この運転手さんって、目の虹彩が明るい茶色で綺麗なんだよね〜、私なんかと大違い…目は少しだけつり目で、口は引き締まってて、鼻筋も通ってて、鼻は高くて、眉はキリッと上向きで…
まあ、こんな感じで、顔は整ってて、そこら辺のイケメンより…いや、もしかしたら、ちょっとした俳優なんかよりもかっこいいかも!で、普段はあまり笑わないクールな感じ!
でも、そのクールの中にも可愛い雰囲気が漂ってて…それでいて、声も、かっこいいし…座高は高めだから、普通に立ったら身長高いと思うし…今の時期はみんな半袖だから、腕見えるんだけ筋肉質でがっしりしてるし…運動神経よさげで、頭も良さそう…)
『このバスは…』
私がこんなことを考えてると、運転手さんはいつも通り、アナウンスを始めた。
『本日の担当乗務員は、△△支店□□営業所の高城 升麻(たかしろ しょうま)です。…』
(…高城さん、私しかいないのに…いつもご苦労様です…)
心の中で名前を呼んでみる。
(本当に呼べたらいいのに…)
とか思ってたらいつの間にかアナウンスが終わって、バスが動き出していた。
アナウンスが終わって、凄いなーって思っていると…
「今日は朝からいい事ありましたか?」
(ん?誰に話しかけた?独り言じゃないよね?え?何?何が起こってるの?)
困惑していると、
「あなたに話しかけてるんですよ?学生さん?」
高城さんの方を見ると、私の方を見て、笑顔で言った。
「わ、私ですか?」
(あー、何やってんの私!そんな話し方じゃ動揺してんの丸わかりじゃん!)
高城さんは前に視線を戻して、ふふっと笑いながら、
「ええ」
と答えた。
「で、いい事あったんですか?」
高城さんが話を戻してきた。
「えーっと、一応…」
(素直に『運転手が高城さん、あなただからです!』なんて言えないし…こう答えるしかないよね…うん、こう答えるしかないね)
「良かったですね、朝からいいことがあって」
「どうも…って、なんで朝からいい事があったって分かったんですか?」
私は、率直に思ったことを身を乗り出しながら聞いた。
「いつもより、笑顔だったんで…いい事があったのかなーと思ったんです」
(え?嘘でしょ?私顔に出しちゃってた!?うわ〜、恥ずかしすぎる…ってか、笑顔と言うよりかはニヤケてたっていう表現の方が正しい気が…ってその前になんて返そう)
「ありがとうございます」
平常心を保とうと、何か返さないといけないと思い咄嗟に頭に過った言葉を言った。
いきなり、バスの中が静かになった。
何が起きたのか考えていると、さっきの自分が言った言葉の意味がわからないことに気づいた。
高城さんも、どう返せばいいのか分からず静かになったんだと思う。
「……あ、い、今のは何でもないです!何て言えばいいか分からないまま言ったんで、自分でも何で『ありがとうございます』って言ったか分かってないです!なので、忘れていいです!っていうか、忘れてください!」
私は必死になって言い直した。そうすると高城さんは、
「はははっ」
(笑ってる…)
いつもあんまり笑わない高城さんが笑いだした。
「ははっ、すみません。あまりにも必死になってたんで、面白くてつい…」
そこまで面白かったのか、高城さんは目に涙を浮かべながら言った。
「い、いえ、別に…」
(あー、恥ずかしいー)
私はなんて返せばいいか分からなかった。
顔が熱い、火照ってる。
…たぶん今の私、顔真っ赤だ。
「あなたのおかげで久々に笑いました」
高城さんがどこか悲しそうに言った。
発車する時間になっていたのか、その悲しそうな笑顔のまま、高城さんはバスを発車させた。
「それなら、良かったです…ていうか、笑ってていいと思います」
「え?」
高城さんは、驚いていた。
運転しているから私の方を向けない分、ミラーを使って私の方を見て、唖然とした表情を浮かべていた。
「私いつも思ってたんです、なんでこの人笑ってないんだろうって」
(私、何言ってんの!?)
頭の中では困惑してるのに、次から次へと言いたいことが出てきて止まらなかった。
「何か、悲しいことでもあったのかなって、考えてて…」
私は、話してるときに下を向いた。
「あー、そうでしたか、それで私のバスに乗るときは、一瞬だけ表情が暗くなるんですね」
高城さんは、何かを思い出しながらそう話した。
「え?」
私は驚いて顔を上げた。
「自分でも、気づかなかったんですか?あなた、私が運転するバスのとき、バス停でドアが開くのを待ってるのを見ると、少しだけ暗い顔をしてるんです」
自分でも気づかなかったけど、暗い顔してたんだ。
「っと、今回はここまでのようです。また、私が運転するバスに乗ったとき、よかったら話しましょう」
そう高城さんが言って、バスが止まった。
(お客さんが乗るから、今回はここまでしか話せないってことかな…)
『ご乗車ありがとうございます…』
お客さんが乗ってきて、いつもの対応に戻った高城さん。
(仕事熱心なんだなー、私も学校頑張んないと!…でも、今日は何でここまで話してくれたんだろう。それに、今回はって…)
もうすぐ着く、終点の××駅までの道のり、私はそんなことを考えてた。