「ち、違うの。これは――」

「言い訳でもするのか」

「ねぇ聞いて、樹。違うの、」

「なにが? ……もう無理だ」



見ちゃいけないと思うのに。
でも、だって、どうしても気になってしまう。


有馬課長のことを樹《たつき》と呼ぶ唇。縋《すが》る指先。こんな時でさえ、その親しい距離に、綺麗な彼女にひどく嫉妬した。――私は最低だ。


喋ることも聞くことも、何もかもを諦めたかのように。桜さんの指先を自身の腕から下ろす課長は、桜さんの「樹」と震える声に応えることもなく。



誰も口を開けない、そんな時間が数秒。いや、数分だったかもしれない。わからないけれど。




もつれた糸が、ゆっくりと解ほどけるような音がした。










「別れよう」



降り始めた雨の中。
それは静かに溶けて消える。