2000年11月
私と賢太郎さんの交際は順調に進んだ。
賢太郎さんはとても優しく穏やかで、何かを包み込む温かさのある人だった。
お顔もハンサムで、身長も高く、お家柄も良い方だった。
初めは交際を反対していた両親だったが、私がデートに行っても夕方までには帰ってくることから、安心したみたいで、交際を許してくれた。

11月3日。
それは私の誕生日。
毎年母が豪華なごちそうを作ってくれて、いつもは忙しい父や、親戚が集まって盛大なパーティーを開く。
それを断るのが申し訳なくて、賢太郎さんからの誘いを断ってしまった。私はとても寂しかった。
「楓ちゃん、25歳の誕生日おめでとう。」
「ありがとう、おばさん。」
「これ、CHANELの期間限定バックなの。うちの旦那と選んだの。ぜひ使って!」
「本当にありがとう。大切にするね。」
親戚一同が次々とプレゼントをくれる。
毎年靴やバック、コート、アクセサリーなどを貰う
けれど、使うことがなくて、クローゼットにほとんどしまってしまう。
私はプレゼントよりも賢太郎さんに会いたい……。
ずっとそう思ってしまっていた。

その時…
私の携帯が鳴った。
「坂井賢太郎」
私は飛び上がって電話に出た。
「もしもし、賢太郎さん?」
「楓、僕は今、苦楽園駅にいるんだ。どうしても楓に会いたくて。今から会えないか?」
「私も賢太郎さんに会いたい!」
時間は夜の7時。
私は初めて親に黙って一人で夜に家を抜け出した。
六麓荘町から苦楽園駅はとても遠い。
いつも駅まで車で送ってもらえるので、普段はあまり乗らないバスに乗って私は駅へと向かった。
お財布と携帯だけ握りしめて……。

「賢太郎さん!」
私は賢太郎さんに抱きついた。
これが初めてのハグだった。
賢太郎さんも強く私を抱きしめてくれた。
「楓…会いたかった………」
「私も……」
「楓、すごい薄着だね。ワンピース一枚しか着てない。コートは?」
「賢太郎さんに早く会いたくて忘れてた…」
賢太郎さんは自分の着ているコートを脱いで私に着せてくれた。
「今日はちょっと寒いから。」
と一言言って。
私は本当に賢太郎さんが大好きだ、と強く強く実感した。 
「楓、携帯鳴ってるよ。」
気がついたら父や母から何件も不在着信が届いていた。
「連絡しておいたら?」
「うん…」
『お母さん、お父さん、ごめんなさい。せっかくのパーティーを台無しにしてしまって。でも、私はやっぱり賢太郎さんと過ごしたい。』
そして、携帯の電源を切った。
そこから、私達は神戸に向かった。
「私、あそこ行きたい。」
「神戸ポートタワー?」
「うん。私、夜景大好きだから。」
「僕もだよ。じゃあ行こう!」
「うん!」
文化の日で祝日なので、少し混んでいた。
夜景が本当に綺麗で、私は感極まって泣いてしまった。
賢太郎さんは、すこし困った顔をして、肩を引き寄せてくれた。
それから、私達は苦楽園駅まで一緒に帰った。
「来てくれてありがとう。今日、楓に会えて本当に嬉しかった。夜遅くなったし、家まで送るよ。」
「まだ一緒にいたい。帰りたくない…」
「駄目だよ。もう10時までだよ。お父さんが心配するよ…」
「でも…」
「楓、こっち見て」
「え?」
不意打ちのキスだった。
私の人生で初めてのキス。
「賢太郎さん…」
「本当は僕だって離れたくない。でも、楓のことを思うと帰さないといけないんだ。帰ろう。」
「うん…」

家の前までついた。
「楓、今日は来てくれて本当にありがとう。
これ、遅くなったけど、プレゼント。」
「わぁ…!!ありがとう!わぁ!可愛い!」
それは、ネックレスだった。
今までどんな人に貰ったプレゼントよりも嬉しかった。
「喜んで貰えてよかった。じゃあ、家に入ろっか。僕、連れ出したこと謝らないといけないし。」
「その前に…さっきのもう一回」
「え?さっきの?」
「キス……」
賢太郎さんはくしゃっとした笑顔になった。
「愛してるよ。」
そう言ってキスしてくれた。
「私も愛してる。」

家に入ると父が待ち構えていた。
「おい!何時だと思っているんだ!10時過ぎているじゃないか!こんな時間までうちの大事な一人娘を連れ回して何をしていたんだ!」
「お父さん、やめて。彼は悪くないの。私が会いたくて会いに行ったの。ごめんなさい、賢太郎さん。」
「申し訳ございません。」
「こんなどこの馬の骨かわからんような奴にホイホイついていくお前もお前だ!」
「申し訳ございません。」
「帰れ!」
「はい…」
「ちょっと待ってお父さん!」
「話にならん!」
「お父さん、もう私も25よ?少しくらい遅くなったっていいじゃない…。私には自由がなさすぎるわ!」
「自由がないだと!?せっかく聖女学院に入れてやったのに音大に行ったお前が言うな!交際だって許している!俺の会社に入らないで教員になったくせに!」
「ちょっと待ってよお父さん!」
父は自分の部屋にもどっでしまった。
賢太郎さんは困り果てた顔をしている。
「ごめんね…」
「謝らないで、楓は悪くないよ。じゃあ、帰るね。ばいばい。」
「バイバイ、賢太郎さん…」