ベッドに横になってみると、胃は何ともなかった。
立ち上がると痛いのかな…?
自分で診断する限りには胃炎だと思う。
少し安静にしていれば、何とかなると思う。
若干額に汗が出る自分を、深呼吸で落ち着かせて。
「スーーーーハーーーーー」
そのまま横になっていた。
『入るよー。』
いつもの調子で入ってきたのはお父さん。
孝治さんと同じように怒ってるに違いない。
『どう、調子は?』
「はい…もう大丈夫です。」
耳は聞こえてますと、言うべきかやめるべきか…。
『かなちゃん、もっと早く教えてよ。』
「えっ?」
『耳のこと。』
あ、やっぱり。
「すいません…」
『耳が聴こえてるって、後から知って少し寂しかったよ。もっと早く、かなちゃんの口から聞きたかった。』
真っ直ぐな目で私を真正面から見つめるお父さん。
「すいません…。」
『どうして?早く教えてくれなかった?』
最後は強めに聞こえる、たぶん怒ってるに違いない。
でも抑えてる……。
「………聴こえないと分かっていれば、話しかけられることもなくて…その。
気持ちが楽でした………。
ごめんなさい。
施設から引き取ってもらって、ここまでしてもらってきたのに。
ごめんなさい。」
入院して長い時間を一緒に過ごしてきたからこそ言える。私の心のうち。
お父さんはショックだったのか、少しの間何も喋らなかった。
『謝らなくてもいいんだよ。
今までお父さんも強引な時があったんだから。
ハハ…嫌にもなっちゃうよね。』
『いや…、その嫌だなんて思ってませんよ。
そうでなくて、耳が聴こえなくなって、最初は怖かったけど、静かに過ごせたことはとても心を休めることができました。』
だんだんとお父さんが落ち込んでいくようにも思えるけど。
それと同時に私の胃はズキズキが止まらない。人を気にかければ気にかけるほど…。
今のお父さんにはこれ以上心配かけられない。
そう思うと必死で我慢する。
『ありがとう…気持ちを教えてくれて。
今までなかったことだから、お父さん嬉しいよ。』
そういうといつものお父さんに戻って、私の顔を両手で挟むと額にチュと、キスをした。
こういうところが欧米なお父さんは、私が真っ赤になってることなんて気づいてない。
『じゃあ、聴こえるようになったから、今までの治療を続けようねっ。』
さらに明るくなるお父さんに、やっぱり少しは耳が聴こえることを黙っておいて良かったと思う。