厳しい冬が過ぎ、寒さが和らいでくる。
もう、春はすぐそこだ。


「芹那、入るぞー」

「涼太!」

ドアを開くと飛び込む芹那の笑顔と、
俺の名前を呼ぶ声。

芹那が入院して1ヶ月が過ぎた。
俺は毎日芹那に会いにきた。
入院して経過を見ながら投薬とリハビリをしているお陰か、
症状の進み方も以前より落ち着いているらしい。

「退院の準備は出来てるか?」

明日、芹那は退院する。
だけど、やっぱり学校には戻れない。
症状の進み方が落ち着いたとはいえ、
あくまで以前の早すぎるスピードに比べてって意味だ。

「うん!
1ヶ月振りに、家に帰るの、楽しみ!」

「だな!
今日、いい天気だし少し外に出るか?」

「ホント?」

「ああ、いこうぜ」

そう言って俺はベッドの横に置いてある車椅子を芹那の前へ出す。

…そう、病気はゆっくりと、
でも確実に進行している。

歩けなくなった訳じゃない、
だけど、転倒のリスクが増えた今の状態では
移動は車椅子を使う事を余儀なくされた。

歩けなくなるのが怖いからと、芹那は車椅子を利用するのを躊躇っていたが、
やはり転倒する事が増え、
リハビリの先生、それに主治医から
転倒して骨折したらリハビリが出来ない、
そしたら本当に歩けなくなる、
少しでも長く自分の足で歩くために車椅子を使うんだ、
そう説得され、移動には車椅子を利用する様になった。
そして、言葉が少しゆっくりになった。
構音障害、というものが出てきているらしい。
言葉によっては上手く発音出来ない。
今後、嚥下障害にも気をつけていかなければいけない。




「いい天気ー」

病院の中庭で芹那は空を見上げる。

「ねぇ、涼太」

「ん?何?」

「退院したら、私
海にいきたい」

退院が決まった時、
どこにでも連れてってやるから
いきたい所を考えとく様に言っていた。

「海?」

「うん」

「そうだなー、だいぶ暖かくなってくるし、
いくか、海!」

そう言うと、芹那は嬉しそうに笑った。









いつか、
芹那は立つ事も出来なくなり、
喋る事も出来なくなり、
寝たきりになり、


…また、俺をおいていなくなる。


だけど、もうあの時みたいに後悔はしたくない。

芹那に後どれだけ時間が残されているのかは分からない。
だから…、

1分1秒を大切に、
芹那と生きていく。

芹那がどう生きたか、
喜びも楽しみも、
悲しみも苦しみも、
全てを俺の中に残したい。

だから、
だから、芹那、


君に残された時間を、
俺にください。


俺は君を一生分、

愛してみせるから。




「涼太…?」

気づくと俺は芹那を抱き締めていた。

暖かい。
そして伝わる、
トクントクンと動く芹那の心臓の音。

ああ、今日も芹那は生きてる。

その事実が嬉しくて、
そして、もっと芹那の命を感じたくて、

俺は更に強く芹那を抱き締めた。