突然の芹那の姿に、
また教室が騒がしくなる。

…芹那、今の聞いて…

芹那と視線が合う。
すると芹那は、
笑った。
無理して作っているような、痛々しい笑顔じゃない、
真っ直ぐに俺を見て、

本当の笑顔を見せたんだ。


「久保田、入院するんじゃなかったのか?」
少し焦ったような顔で担任が芹那に聞く。

「昨日、荷物忘れてたから取りにきたんです。
それと、昨日は迷惑をかけてすみませんでした」

そう言って担任に頭を下げる。

「いや、それはいいんだか…」

「後、皆に聞いてもらいたい事があるんです。
今、いいですか?」

「え…?
あ、ああ…」

口ごもりながらも了承した担任にもう一度頭を下げて、
芹那は教卓に立つ。
教室は静まり返る。

「迷惑ばかりかけて、本当にごめんなさい」

「芹那…」

「久保田…」

頭を下げ、そう言う芹那を、
優斗や芹那の友達の近藤、山下は心配そうに見つめる。

「そして、黙ってた事があります。
気づいている人も多いとは思うけど、
今の私の状態は筋力が弱くなる、私の年頃にはたまにある、そう言っていましたが、本当は違います。
私は、
…脊髄小脳変性症という病気です」

脊髄小脳変性症、
聞きなれない病名にざわつくクラスメート。

「あまり知られていない病気だから、どんな病気か分からない人が多いと思います。
簡単に言うと、脳が萎縮していく病気です。
そのせいで日常生活が段々困難になっていって、
歩く事も食べる事も、喋る事も出来なくなって、

…最後は、寝たきりになります」

寝たきりになる、
その事実に全員言葉を失う。


「…治るんだよね…?」

静まり返った教室で、
近藤の絞り出すような小さな言葉が響いた。

「芹那、リハビリしてるじゃん!
薬も飲んでるじゃん!
頑張ってるじゃん!
治るよね!?
治るんだよね!?」

「そうだよ!
芹那、頑張ってるじゃん!
お父さんお医者さんだし、治してくれるんでしょ!?」

近藤と山下のすがる様な叫び声に、
芹那は一瞬、苦しそうな顔をする。

「…お父さんも、主治医の先生も、
この病気は治療法も治療薬もないって。
リハビリや薬で症状を遅らせる事しか、出来ないって。
…完治した例は、今までないって、言ってた」

芹那の言葉に泣き出す近藤と山下。

「うそ、だろ…?」

そう言った優斗の頬には、涙が流れる。

「…自分の病気を知った時は、絶望しかありませんでした。
どうして私なんだろう、そう思ってたくさん泣きました。
今でも、その答えは出ていません。
でも、
…生きる事を諦めたくありません。
身体が動く限りは出来るだけ今まで通り、普通に過ごしたかった。
学校に通いたかった。
でも、それは私の我が儘です。
私の勝手な我が儘でみんなに迷惑をかけてしまって、
本当に本当に、ごめんなさい」

そう言って、もう一度深く頭を下げる芹那。

さっきまで批判の言葉を言ってた奴らは、
黙って下を向いていた。
だけど、微かに震える肩が、自分の言葉を後悔しているのが分かった。

「多分、今回入院して、
その後は退院しても私はこの学校に通う事は出来ないと思います」



…芹那の病気の事実にばかり気がいってたけど、
昨日、医者が言ってた言葉を思い出した。
このまま今の学校に通うのも難しい、
そう、言っていた事を。

「私の居場所はこの学校だって、そう思っていました。
だけど…」

芹那が俺を見る。
その顔は、とても誇らしげで、
今まで見た中で一番、強く優しい顔をしていた。

「どんどん病気が進んで歩くのも食べるのもノートをとるのも、何もかも遅くなった私にいつも優しく助けてくれた友達がいる、
病気の事隠してたのに
病気の事を知って泣いてくれる友達がいる、
…一方的に酷い事を言って遠ざけたのに、
そんな私のために叫んでくれた涼太がいる」

!!!

「そんな、優しくて暖かい友達がいる、
涼太がいるって分かったから、
私はどこにいても、きっと生きていけるって、
そう思ったから…」

そこまで言って、下を向いた。


「…だから…」

顔を上げた芹那。
その顔は、涙が流れていたが、
笑顔だった。

「私は別の場所で、生きていきます。

…みんな、今まで本当に、
ありがとう…!」


教室中に、

泣き声だけが響いた。