すぐに救急車で芹那は病院に運ばれた。
俺と担任が一緒に付き添ったが、
救急車の中で芹那が目を覚ます事はなかった。

病院に着くと芹那の父親がストレッチャーに乗せられた芹那を他の医者と一緒に処置室へと連れていった。
看護師に待合室で待ってるように言われたが、
気が気じゃなくて、俺は芹那が運ばれた部屋の前でただ立ち尽くしていた。

心臓がドクドクとうるさい。
血を流し気を失っている芹那が頭から離れない。

…あの時の、
病院で冷たくなっていた芹那が、
頭の中を過っていく。

手が震える。
ついさっきまで、俺の手は芹那の手を掴んでいたのに。

「涼太!」

「棗兄、オバさん…」

名前を呼ばれ振り向くと、
そこには酷く青い顔をした棗兄とオバさんが息を切らせて立っていた。

「芹那は!?
一体何があったの!?」

酷く狼狽えたオバさん、
こんなオバさんを俺は見た事がある。


冷たくなっていた芹那に泣いてすがっていた、
あの時。

「母さん、落ちついて。
今、父さんも翔太も芹那を診てくれているから…」

気丈にオバさんを支える棗兄も、
不安と心配が隠せていない。

「でもっ!今まであんなに気をつけていたのに!
やっぱり病気の進行が…」

「母さん!」

オバさんの言葉を遮るように叫ぶ棗兄。

病気、進行…?

どういう事だ?
芹那は、治るんじゃ…、




「久保田さん、どうぞ」

混乱する中、目の前のドアが開き、
看護師が中へと促す。

目に入ったのは、頭に包帯を巻かれて寝ている芹那だった。


「出血は多かったですが傷はそれほど深くありませんでした。検査結果も異常ありません。すぐに目も覚めますよ」

医者の言葉に安堵するも、さっきのオバさんの言葉が不安を掻き立てる。


「ただ、以前もお伝えしましたが、この病気は人によって症状や進行の程度が大きく違います。芹那ちゃんの場合進行が考える以上に早いです。
早く芹那ちゃんに適した薬やリハビリ方法を見つけなければ、病気は進行する一方です。
久保田教授とも相談しましたが、このまま入院して治療とリハビリを行いませんか?」

まだ若い、棗兄と歳も変わらない位の医者がそう話を進めるのを、俺は黙って聞いていた。

症状、進行…?
入院…?

「入院して、そしたら芹那は今より良くなるのでしょうか?
病気の進行を食い止めることが出来るんですか?」

オバさんがどこかすがる様にそう医者に聞くも、医者は厳しい顔を崩さない。

「何度も言いますがこの病気は症状も進行も個人差があります。投薬も実際に試してみないと何とも言えません。
そして、
…残酷ですが、進行を遅らせる事は出来ても今より良くなる事はありません」


……え?
何て、言った?
良くなる事は、ない…?

「芹那…」

まだ目覚めない芹那に近づき手を握るオバさん。

何も知らない俺の存在はここにないかの様に、
話は進んでいる。

「予想するより遥かに症状の進みが早い今の状態を考えたら、正直このまま今の学校に通うのも難しいと思います。
障害がある生徒を受け入れられる体制が整っている学校に編入する事も今後考えていかなければいけないと…」

「…そんな…!
芹那は、普通に学校に通う事も出来ないの…?
芹那は今の学校が好きなのよ…?」

「…しかし、芹那ちゃんの身体の事を考えると、
設備と受け入れ体制が整っている学校に通うのも…」



「…芹那、治るんじゃないのかよ…?」

医者の言葉を遮り出た言葉は、低く掠れていた。
俺の言葉に、全員がハッとしたように俺を見る。

「涼太…」

「治るんだろ!?」

気づくと俺は棗兄に掴みかかりながら叫んでいた。

「筋力が弱まってるだけなんだろ!?
リハビリすれば治るって言ったじゃんかよ!
何なんだよ!今の話!」

「やめて」

!!!

「芹那…」

部屋に響いた芹那の声。
芹那を見ると、目を覚ました芹那が横になったままただ天井を見ていた。

「芹那!良かった…」

そう言って芹那の顔を優しく撫でるオバさん。
オジさんと棗兄も芹那が目を覚ました事に安堵している。

「ごめんね、また心配かけちゃった…」

そう言った芹那は、悲しそうに笑った。

そして、ゆっくりと身体を起こし俺を見る。

「お父さん、お母さん、お兄ちゃん、
…涼太と話したいの。
ふたりにしてくれないかな?」

真っ直ぐに俺を見てそう言った芹那は、
苦しそうで、悲痛な顔をしていた。