朝起きて、ベッドから足を下ろし立ち上がる。
一歩、足を出そうとするもうまく出せなかった。
昨日より身体がおかしくなってる。
明日はどうなる?
明後日は?
1週間後は?
1ヶ月後は?
1年後は?

朝が、怖い。
未来が、怖い。




3学期が始まって1ヶ月が過ぎた。
最初は少しフラつくも普通に歩けていたのが、
まわりの目にも明らかな程に歩くのが遅くなった。
バランスを取りながらゆっくり歩かないと、前へ進めない。
ペンを握る指に力が入らないから、ノートをとるのが間に合わない。
お箸を握るのも上手くいかなくて、お弁当が中々食べれない。
体育は見学。
移動教室が間に合わない。
休み時間、トイレにいくと次の授業に間に合わない。


「ごめんね、いつも…」

「いいよー、友達だもん!」

それでも中学からの友達の友里と亜季は私と一緒に行動してくれて、助けてくれる。
凄くありがたいし、嬉しいけど、
私のせいでふたりも授業に遅れたりしてしまう。
気にしないでと言ってくれるけど、
申し訳なくてたまらない。
大好きな友達に、迷惑ばかりかけてしまう自分が悔しくて悔しくて、嫌になる。

ごめんね、
ごめんなさい、
まわりにそう、謝ってばかりだ、



そんな私を、クラスメートが段々と疎ましく思い始めているのが分かる。
今年は受験だ。
みんな、必死なんだ。
そんな中、私の存在が
邪魔、なのは当たり前だ。

先生は次々に黒板に書いては消してをしなきゃいけないのに、
私がいるせいでそれが出来ない。
後から写させてもらうから大丈夫だと言ったけれど、
それでも先生は遠慮があるのか、授業が一時中断してしまう。
その度に先生やクラスメートの視線は心に突き刺さる。

申し訳なくて居たたまれなくて、たまらなくなる。


「帰ろーぜ、芹那」

授業が終わり、涼太が私の席に来てくれる。

1ヶ月前、心配して家に来てくれた涼太に、
私は病気がバレたくなくて酷い態度をとったのに、
次の日には涼太は何もなかったように接してくれた。
学校でも、友里や亜季と一緒に助けてくれる。
こんな身体になった私に対して、
涼太は全く態度を変えなかった。
それが嬉しくて、
だけど、病気の事を隠している罪悪感も同時に感じてしまう。

…もし、涼太が私の病気を知ったら、
その時涼太は、どうする?
今と同じように接してくれる?
彼女でいさせてくれる?
それとも…。



「今日棗兄帰ってくるんだろ?」

「うん、もう着いてるんじゃないかな?
仕事は来週からみたい」

お兄ちゃんも私を心配して戻ってくる。
せっかく希望して大きな事務所に移って頑張ってたのに。
お父さんも毎日医者として凄く忙しいのに、
私の病気について調べたり研究したりして益々忙しくなってしまってる。
お母さんも私を病院へ送迎したり、
私やお父さんを支えて大変そうだ。

そして…、

「…涼太、最近バスケしてないね?」

涼太も毎日私と一緒に帰るためにバスケをしなくなった。
最初は誘われたりしていたけど、
私の状況をみて優斗君は遠慮したのか誘う事もしなくなったみたいだ。
優斗君も涼太と一緒に私を助けてくれる。
凄く嬉しいし感謝してる。
だからこそ、涼太にも優斗君にも申し訳ない。

「あー…、今年は受験だしな。
それに今は寒いし」

「そっか…」

…嘘、だよね。
涼太、本当はバスケしたいよね。
だけど、私と一緒に帰るために我慢してるんだよね。

「赤澤、ちょっといいか?」

教室を出てすぐに先生が涼太を呼び止める。

「何すか?」

「この間出してもらった進路希望の事なんだか確認したい事があるんだ。
進路指導室に来てくれ」

「え?それって今じゃなきゃ駄目なやつ?」

「大事な事だ。
あ…、そうかお前久保田を送らなきゃいけないんだったな」

送らなきゃいけない、
私は、ひとりで家に帰る事も出来ないと思われているんだ。
ゆっくりだけど、
危なっかしいけど、
私はまだ、ひとりで歩けるのに…。

「私は大丈夫だから。
進路は大事だよ。ちゃんと話さないと!」

心配かけないように、精一杯明るく笑う。

「…じゃあ、教室で待ってろよ。
終わったらすぐ戻るから」

「大丈夫だって!
だからちゃんと…」

「俺が心配だから。
いいか、ちゃんと待ってろよ!」

そう言って涼太は先生といってしまった。

…心配、か。
私、涼太に心配ばかりかけてるよね。

こんなの、
涼太は辛いしつまらないよね。

普通の高校生のカップルなら、
もっともっと毎日楽しいだろうに。

…今の私は、
涼太にとってただのお荷物だ。



「あれ?久保田さんまだいたの?」

教室で窓から外を眺めてると不意に後ろから聞こえてきた声。
振り向くとクラスメートの片山さんがドアのところに立っていた。

「うん、涼太が先生に呼ばれてて待ってるの」

「ふーん」

そう言いながら自分の机の中からノートを取り出している。
忘れ物を取りに来たのだろう。

「あのさー、久保田さん」

ノートを鞄に入れながら私をチラッと見る片山さんの顔は、
とても冷たい表情だった。

片山さんの顔に、雰囲気に何も言えずただ片山さんの次の言葉をまつ。

「いつまで学校くる訳?」

「え…?」

「いや、学校。
いつまで来るのかなーって」

片山さんの言葉がグサリと胸を突き刺す。

「だってさ、ウチら今年受験じゃん?
なのに久保田さんいるせいでウチらのクラス授業遅れてんだよね」

「…そう、だよね。
ホント、ごめんね」

「謝ればいいってモンじゃないし」

ピシャリと言い切る片山さんに、
私はやっぱり何も言えなくなってしまう。
だって、片山さんの言ってる事は事実だから。

「ぶっちゃけ迷惑なんだよね、久保田さんがいると」

!!!

頭がクラクラする。
胸がズキズキと痛い。

…分かってる、片山さんの言ってる事は、
クラスのみんなが思ってる事だって。
それはおそらく、先生も。

「近藤さんや山下さんも言えないだけで迷惑してんじゃん?
久保田さんにつきあうせいで授業遅れたりさ」

友里も亜季にもいつも申し訳なさでいっぱいだ。
私と一緒に行動してくれるから、ふたりに掛けないですむ迷惑をたくさん掛けてしまってる。

…ふたりが迷惑に思っても、当たり前だ。

「それにさ、涼太」

「涼太…?」

「いつまで涼太の事しばりつけるの?」

「え…」

「涼太だって久保田さんが彼女とかもう迷惑でしかないでしょ」

!!!

片山さんの言葉に、
足元から血の気が引いていくような感覚がした。
何か言おうとしても、喉がカラカラに渇いているみたいに息をするのも苦しい。

「普通にデートとか出来ないじゃん。
それに久保田さんの面倒みなきゃいけないからバスケも全然してないしさ。
涼太優しいから自分からは何も言えないんだろうけどさ、
ぶっちゃけ涼太が久保田さんの面倒みるのって、同情でしょ。
幼馴染でつきあいも長いから、彼女ってか情なんじゃない?」

片山さんの言葉が、視線が痛い。

「それだけ。後は自分で考えてよね」

そう、言い残して片山さんは教室を出ていった。