学校が終わり、優斗と少しバスケをしてから家に帰る。
門のところで立ち止まり、芹那の部屋を見上げるも
明かりはついていない。

今日からリハビリに通うと言っていた。
朝は担任から芹那についての説明もあった。

…そんなに悪いのかと、驚いた。
だけど、確かに芹那はフラついたりする事が以前に比べて増えた。
ペンや箸を持つ手が、少しだがぎこちなくなっていた。

それに、ここ最近の芹那は何だかおかしい。
無理に笑ってる感じがする。


嫌いにならないで、
そう言った芹那の顔には、
苦痛と恐怖が混ざりあっていた。

今日も笑っていつも通り過ごしていたが、
その笑顔が苦しみや悲しみを押し殺して無理矢理作ったように見えて痛々しかった。

芹那に何かあったのは間違いないはずだ。
それが、今の芹那の身体の不調と関係もしているんだろうとは思うけど
だけど、リハビリで治ると言っていた。
治るなら、どうしてあんな顔をする?


「…ただいま」

考えても答えは出ず、家に入り部屋へと向かう俺を、
リビングから母さんが呼び止めた。

「ねぇ涼太、棗君こっちに戻るらしいわよ。
あんた知ってた?」

「え…?」

棗兄が戻る?
そんな事、芹那からは聞いていない。
それに、棗兄は希望して異動したはずだ。
なのに、どうして…。

「スーパーで芹那ちゃんのお母さんに会った時に聞いたのよ。
近々棗君がこっちに戻るからよろしくって」

…前の世界で、棗兄はオバさんが心配でこっちに戻ってた。
じゃあ、今回は…?



(明日、もしかしたら変わっちゃうかも知れない)
(頑張るから)
(嫌いにならないで)

何か、芹那の世界を変えるような事が、あったのか?


…芹那は何故、あんなに泣いていた?


「涼太!?」

気づくと俺は家を飛び出していた。
後ろからは母さんの声が聞こえたが、振り返らずに芹那の家へ向かう。

チャイムを押そうとしたが、指が止まった。

…今、芹那に会って俺は何を聞くんだ?

棗兄が戻る理由?
あの時の言葉の理由?
泣いていた理由?


それを芹那に聞いていいのか?

それに…、

今、芹那を苦しめているモノの正体が、
俺にはどうする事も出来ない事だったら?


「涼太?」

!!!

思い悩み立ち尽くす俺の後ろから聞こえてきたのは、
聞き慣れた芹那の声。


「どうしたの?家の前で?
とりあえず入って」

そう言って門に手をかけようとした芹那の手は、
門の手前で宙を掴んだ。

「芹那…?」

「…ごめん!
さっ、入って入って!」

そう言った芹那の顔は、
やっぱり苦しみを含んでいた。


「芹那!」

門を掴む芹那の手を握る。
驚いた顔で俺を見る芹那。

「棗兄、何で戻ってくるんだ…?」

「!!
…何で、知ってるの?」

「さっき、母さんに聞いて…」

「…そっか。
私、リハビリ通わなきゃでしょ?
これから色々忙しくなるかもだし、お兄ちゃんこっち戻って手伝ってくれるんだって。
大丈夫って言ったんだけど、どっちにしろいつかは戻るつもりだったからって…」

眉を下げて困ったように笑う芹那。
この顔は、芹那がこれ以上あまり突っ込まないでほしい時に見せる顔だ。


「リハビリって、いつまで通うんだ?」

多分、芹那はこの事にあまり触れてほしくないだろう。
だけど、聞かずにはいられなかった。

「…分かんない」

「分かんないって…」

「分かんないの!」

!!!

そう叫んだ芹那の目には、
涙が浮かんでいた。

「…ごめん、今日は帰って」

「芹…」

そう言って俺が止めるのを遮り、芹那は家へと入っていった。



「…何なんだよ」

俺には、何も話せないのか?
俺は、そんなに頼りないのか?


なぁ、芹那。


俺はただ、

お前に隣にいてほしいんだ。

俺の隣で、

生きててほしいだけなんだ。