「おはようございます」

「おはよう、涼太君」


1月2日、俺は隣の芹那の家を訪れる。
昨日、新年の挨拶は済ましていたから、
いつも通りの挨拶をすると、玄関に出てきた芹那の父親が俺を家の中へと招き入れてくれる。

「すまないね、芹那がまだ準備出来ていないんだ」

俺をリビングに通しながらそう話す芹那の父親は、
いつもよりラフな格好だ。
医者として忙しくしているオジさんは、普段見かける時はだいたいきっちりとスーツを着てるから、
こんな風にラフな感じのオジさんはちょっとレアだったりする。


「棗兄は?」

「友達に会ってくるそうだよ。
初詣にもいくと言ってたから、神社で会うかもしれないね」

「そっか」

「コーヒーでいいかな?」

「ありがとうございます」

「涼太君は必ずお礼を言ってくれるね」

「え?」

「すみません、そう言う人が多い中、
涼太君は違う、
ありがとう、そう言ってくれる」

「そうだっけ?」

「そうだよ。
日本人は何かしてもらうとまず口に出る言葉がすみません、なんだ。
だけど、本当はすみません、より
ありがとう、の方がお互い気持ちいいと思わないかい?」

「ああ!確かに」

オジさんの言う通り、
すみません、だとお互い申し訳ない感じだけど、
ありがとう、だとお互い気持ちいいと思う。

「涼太君のそんなところ、芹那にも見習うように言っているんだよ」

「何か照れるな」


「……あの子はこれから人に助けてもらう事が増えるから」

「…え?」

ポツリとオジさんが言った言葉は小さくて聞こえなくて
俺は聞き返すが、
オジさんは何もないように、コーヒーを差し出したから、
俺も対した事じゃないんだろうと思って、
それ以上は聞かなかった。



オジさんの淹れてくれたコーヒーを飲んでると、
リビングのドアが開く音がした。


「ごめん涼太!」

「ああ、準備出来たみたいだね」

芹那とオジさんの声に振り向くと、
そこには着物を着た芹那がいた。

「せっかくの初詣だし、お母さんに着付けてもらったの」

「涼太君とつきあって初めての初詣だからどうしてもってねだられちゃってね。
今まではこっちがどんなに言っても苦しいからとか言って着てくれなかったのよ?」

「よく似合ってるよ」

「ありがと、お父さん!
ね、涼太
どうかな?」

そう、少し恥ずかしそうに聞いてくる芹那。

「ま、いいんじゃね?
馬子にも衣装っつーか」

「もー!涼太ホント乙女心が分かってない!」

そう言ってむくれる芹那が可愛い。
着物姿も、制服も、
怒ってても何でも、
芹那だったら可愛いんだ。


…何て素直に言える訳もなく。

「可愛いって!着物が」

「もー!」

「あ、でも大丈夫なのかよ、
着物って動きづらいんだろ?
今、フラついたりするんなら危なくないか?」

最近少し、芹那が体調が悪いように見えたのは、
筋力が弱まっているのが原因だったらしい。
俺ら位の年頃にはよくある事らしく、薬とリハビリで治るとは聞いたけど、
フラついたりするのに、着物は危ないんじゃ…。

「大丈夫、着物だと動きが小さくなるし返って安心なくらいだよー」

「ならいいけど」

「危ないようなら、涼太君
守ってあげてね」

「そりゃもちろん」

「え?」

「何だよ?」

「いや…、さらっとそんな事お父さんとお母さんの前で言うから」

そう言って赤く染まる芹那を見て、
俺まで何だか照れくさくなる。

「と、とにかく早くいこうぜ!」

「う、うん!」

「気をつけてね、ふたりとも」

「芹那を頼んだよ、涼太君」

「はい、いってきます!」

「いってきまーす!」

玄関の外まで見送ってくれたふたりに手を振り、
着物の芹那に合わせてゆっくり歩く。



…不意に気になって後ろを振り向くと、
オバさんの肩を抱いて寄り添うオジさんが目に入った。

その時、オバさんが泣いてるように見えたのは、

俺の見間違い、だったのか―。



だけど、そんなふたりを見た瞬間、

俺は心臓がドクリと大きく動いたんだ。