母さんとふたり、家に戻るも
芹那は涼太と出かけていてまだ戻っていなかった。

仕事がある父さんは病院に残った。

帰ったら自分が芹那に話をする、そう言って。


「芹那、いつ頃帰ってくるのかしら?」

不安そうにそう言って時計をみる母さん。
時間は16時を過ぎようとしていた。

「あの子、今転びやすい状態なんでしょう?
涼太君が一緒とはいえ、大丈夫かしら…」

「…そうだな。
ちょっと俺見てくる」

公園でバスケするとか言ってたから、
ふたりのいる場所は分かる。
俺も昔ふたりを連れてよくいっていた公園だ。


「お願いね」

「あぁ」

母さんをひとりにするのも心配だが、
今は芹那の方を気をつけておくべきだ。

そんな俺の気持ちが分かったのか、母さんは、
「…大丈夫よ。
芹那の前では、今まで通りでいるから」

そう言って、笑った。

苦しそうな笑顔だったけど、
母さんの覚悟、みたいなものを感じて、
俺は
「分かった、待ってて」

それだけ言って、家を出た。








こっちに戻ってからどこに行くにも車を使っていたから、
こんな風に近所を歩くのは久しぶりだ。

車と違ってまわりの景色がゆっくりと進む。

…昔、まだ小学生の芹那とよくこの道を歩いたな。

そうだ、あそこの犬はよく吠えるから芹那はいつも怖がって俺にしがみついていた。

そこの駄菓子屋では芹那によくねだられたな。
母さんにはあまり甘やかさないように言われてたけど、
ついつい芹那にねだられるままにお菓子を買ってやっていた。

あの角の家は、夏は向日葵が塀を飛び越えて顔を出していた。
そんな向日葵をみた芹那は、家の庭にも向日葵を植えたいって言い出して。
俺と芹那のふたりで庭に向日葵の種を植えたんだ。
それから家の庭は毎年、向日葵が高く誇らしげに咲き誇っている。

(お兄ちゃんと芹那の向日葵だね!)

そう言って笑った芹那は、
向日葵にも負けない位に笑顔が満開に咲き誇っていた。




「涼太ー!パスパス」

公園に近づくと耳に入ってきた芹那の声。

「ほらよ!」

見ると涼太からボールを受けとった芹那が、
ドリブルをしてシュートを放った。

スパッ!

ボールはネットに吸い込まれるように気持ちいい音をたてて入っていった。

「やったー!」

喜びはしゃぐ芹那。





(お兄ちゃん、バスケット上手だね!)

(芹那、お兄ちゃんのバスケしてるのみるの大好き)

(ねぇお兄ちゃん、ずっと芹那にお兄ちゃんのバスケしてるの、みせてね)


そう、芹那が言ったのはいつだったか。

あれは確か俺が中学2年の冬。

3年が引退してキャプテンになった俺は、
強豪校で負けは認められない中で様々なプレッシャーやしがらみからスランプに陥っていた。

当事住んでいた家の庭にはバスケットゴールを設置していたため、俺は学校から帰っても毎日庭でシュート練習をしていた。
だけど、練習すればする程不安は増すばかりで。

そんな中、庭に芹那が来た。

どれだけ練習しても不安は増して、
焦りから苛々してた俺はそんな芹那に気づかない振りをしていた。

だけど、そんな俺に芹那は

そう、言ってくれたんだ。




スランプでろくにシュートも決められない、
そんな俺に、バスケが上手だと、言ってくれた。
俺のバスケをみるのが好きだと言ってくれた。
それが、俺はたまらなく嬉しくて。
そして、そう言って笑う芹那は、
俺に自信と勇気をくれたんだ。





なぁ芹那、

お前はあの時、俺に自信と勇気を与えてくれた、


いや、あの時だけじゃない、
いつだって芹那は俺を応援してくれた。

(お兄ちゃんに勉強教えてもらうの、好き)

(人を助けたいって言うお兄ちゃん、かっこいいよ)

(やっぱりお兄ちゃんは私の憧れだよ)

(お兄ちゃん、大好き!)




「お兄ちゃん?」

芹那が俺を呼ぶ声が耳に心地よく響く。

「芹那…」

「お母さんとの用事、終わったの?」

そう言って駆け寄ってくる芹那に、
昔の芹那が重なる。

いつだって俺の後ろをついてきた芹那。

(お兄ちゃん、まってよー)

(お兄ちゃん、ずっと芹那の手、繋いでてね)

まだ幼くて笑顔の芹那が。


「もしかして迎えに来てくれたの?」

「…あぁ」

「そっか!
涼太、お兄ちゃんも来てくれたし、そろそろ帰ろ!」

「おう!」

そう言って涼太とふたり、
肩を並べて俺の前を歩き出した。



いつだって俺の後ろをついてきていた妹は、


今は俺の前を歩くようになっていた。


ずっと想ってきた、幼馴染の男と。



芹那の成長、
芹那が離れていく寂しさ、
芹那の病気、
そして、芹那のこれからの苦しみ、悲しみ、
色んな思いが混ざり合って、


俺は必死で涙をこらえた。



覚えておきたかったから。
今、俺の前を歩く芹那の姿を。
泣いてたら、しっかり見られない。


だけど、

だけど、なぁ芹那、


もう少しだけ、

お兄ちゃんの後ろ、ついてきてくれないかな。



もう少しだけで、いいから。

あの時のように―。