翔太の診察室から、父さんの部屋へと移動し、
俺達は何も言えないまま、ソファーに座る。

ただ時間を刻む音だけが部屋に響く。


「…どうして、芹那なの…」

そんな静かな空気を裂くように、
ポツリと母さんがこぼす。

「…動けなくなるなんて…。
寝たきり、なんて…。
あの子、まだ17なのよ…?」

「透子…」

「もしかしたら翔太君の勘違いかも知れないわ!
ねぇあなた、すぐに知り合いの神経内科の教授に見てもらいましょう?
そしたら…」

「脊髄小脳変性症は、画像での判断は難しくないんだ」

母さんの言葉を遮り、そう言った父さんは俺を見る。

「棗、お前は芹那のMRIの画像を見て、
翔太君の判断が間違っていると思ったか…?」

「…いや、
翔太の判断は、正しい。
医者じゃない俺でも分かった」

「そんな…」

俺の言葉は母さんに更なる絶望を与えたのだろう、
母さんはショックのあまり泣き出した。




「とにかく今は翔太の言った通り、できるだけ進行を遅らせる事に集中しよう」

「ああ、そうだな。
投薬は今日から、リハビリもすぐにでも…」

「年末だし、早くても正月明けになるか。
リハビリの専門医も休みだろうし」

「だがリハビリは1日でも早い方がいい。
家でも出来る簡単なリハビリを今日から…」


「どうしてそんなに冷静でいられるの!?」

俺と父さんで今後の話をしていると部屋に響いた母さんの悲痛な叫び声。

「芹那が治らない、なんて…、
あなたも棗も、そんな事を聞いてどうしてそんな…、
芹那の事どうでもいいって言うの!?」

「そんな訳ないだろ!」

自分でも驚く程の大きな声で母さんに向かって叫んだ。

「芹那が大事だから!
だから今できる事をするだけだ!
何でもいいから芹那の病気を遅らせる事を考えないと、
何かを考えてないと…
俺がどうかなりそうなんだよ…!」

「棗…」


薄々、感じていた。
芹那の病気の正体に。

高校時代、脳や神経というまだまだ未知な事が多いこの分野に俺は惹かれた。
結局別の道に進んだが、
その時に読み漁った医学書で何度も目にした病気、
脊髄小脳変性症、
その病気の初期症状が、
最近の芹那の症状に当てはまり過ぎていた。


「…何となく、気づいてたんだ
芹那は、脊髄小脳変性症なんじゃないかって…。
だけどそんな事認めたくなかった!
だって芹那、まだ17なんだよ。
今が1番、大切で大事な時なんだよ。
なのに何で、
何で芹那なんだよ…」

もう言葉は出なかった。
変わりに頬に涙が流れていったのが分かった。



「…透子、
私も棗も、芹那の病気をまだ受け入れられていない。
だけど私は医者だからこそ、芹那がこれからどうなっていくのか、
あの子がこれからどれだけ苦難の道を歩むか、分かってしまうんだ。
学生時代、一度は医者を目指し勉強していた棗も同じだ。
だからこそ、今自分達が芹那にできる1番の事を考える。
そうでもしないと、自分を保てないんだ…」



「…あなた…」


「考えよう、今私達にできる事を。
じゃないと、
……あの子が、自由に動ける時間は、
もう、限られているんだ…!」


父さんの言葉に嗚咽交じりに泣く母さんを、
父さんはしっかりと受け止めていた。





俺は、何ができる…?

なぁ、芹那―。