「すみません、年末のお忙しい時にお呼び立てして」

芹那の検査から2日後の12月29日、
芹那の検査結果を聞きに俺と母さんは病院へと向かった。
前日の夜に翔太から、
芹那の検査結果を報告したいから、父さんにも明日来てくれるよう伝えたが、その時お前も来てくれと連絡はもらっていた。
俺達が翔太の診察室に入ってすぐに、
白衣を着たまま父さんも入ってきた。

「まずはこちらをご覧ください。
芹那さんのMRIの画像になります」

そう言って翔太は何枚もの頭の中の画像を俺達に見せていく。

ガタッ!
見た瞬間、俺は椅子から立ち上がっていた。
食い入るように【それ】を見る。

「棗…?」

「…あ、あぁごめん」

不安そうな顔で俺を呼ぶ母さんの声で、
俺は椅子に座り直すも、
目は画像から離せなかった。




「…教授と棗には説明不要だとは思いますが、
ご説明させて頂きます。
こちらが芹那さんの小脳、そしてこちらが何も異常のない小脳です。
比べて見ると芹那さんの小脳が萎縮してるのがわかると思います」

「…それは、どういう意味ですか…?」

翔太の説明、そして写真を見て漠然とした不安が、何となく見えてきたのだろう、
母さんは更に顔色が悪くなっていく。

それでも翔太は説明を続ける。


「…単刀直入に言います。芹那さんの病気は、神経が萎縮して
失われ、壊れていく病気、
脊髄小脳変性症
です」

!!!


翔太の言葉に目の前が真っ暗になる。

固く握りしめた拳は震えていた。


「…最近の芹那の症状から、
まさか、とは思っていたよ」

静かにそう言った父さんは、真っ直ぐに芹那のMRIの画像を見ていた。


「萎縮して、壊れるというのは…、
今後、芹那にどのような症状が…?」

一般にはあまり馴染みのない病気なんだろう、
母さんが翔太に不安そうにそう聞いていく。

「…症状としては最初はふらつきや足のもつれ、その事から転倒が多くなります。
物との距離が取れなくなり、 物を上手く持てなかったりします。
文字が見えにくくなったり、字が書けなくなります。
症状の進み具合は個人差がありますが、確実に進行します。
ただし、知能には問題ありません。
体を動かしたいのに動かせない、
しゃべりたい、だけどしゃべれない、
知能には何も問題がないためにそういうのを認識できてしまうんです。
歩けなくなり、立てなくなり、
寝たきりになります。
そういった自分に起きている全ての事を認識出来てしまう、
残酷な病気です」

分かってはいても、
実際に医者の翔太から聞くと、ただ絶望だけが襲ってくる。




「で、でもっ!
治療したら治るんですよね?
薬とか、手術とか…!
ねぇ、あなた!」

普段穏やかで取り乱す事のない母さんが、
祈るような、すがるような目で父さんにそう訴える。

「…今の医学では、
この病気に対する治療法は、
…ないんだよ」

「…治療法が、ない…?」


「この病気は、完治した例はひとつもないんだよ…!」


「そんな…」

真っ青になって今にも倒れそうな母さんを父さんが肩を抱いて支える。

「…私は医者だ。
今まで何十万と様々な病気を見てきた。
治療も手術も、どれだけこなしたか分からない。
告知も、もう何千、何万としてきたよ」

「父さん…?」

「告知する事も苦しいが、
…告知される家族は、
…その何倍も、苦しいんだな…」

「あなた…」

耐えきれず涙を流す母さん。



「…今後は症状を出きる限り遅らせるために、
投薬とリハビリを行います。
ご両親、それに棗にお聞きします。
…芹那さんへの告知は、どうしますか…?」

!!!

翔太の言葉に俺達は顔を見合わせる。

告知なんて、そんな事出きる訳がない。
芹那はまだ、
たった17歳の女の子なんだ…!


「…すまない、中山君。
少し、考える時間をくれないか?」

「父さん…」

「…この病気の大変さも、苛酷さも分かっているんだ。
まずは家族が病気を理解して受け入れる事が大切な事も。
だけど…、
何故だろうね、分かってはいても受け入れられないんだ。
理解は出来ても、芹那が、
脊髄小脳変性症だと、
そう簡単に、受け入れられないんだよ…」

そう言った父さんの肩は、
微かに震えていた。