「病院って…、
どっか悪いのかよ?」

バスケからの帰り、芹那に電話すると何だか元気がない様な気がして、芹那の家へ寄ってみた。
芹那は笑顔で出迎えてくれたから俺の気のせいかと思ったけど、
今日病院にいってきたと聞いて、俺は焦ったようにそう聞いていた。

「ううん、そんなんじゃなくてただの健康診断だよ」

そう言って笑う芹那に安心する。

「来年は受験だし、今のうちに受けときなさいってお父さんが言うから」

「あー、まぁオジさんに任せときゃ安心だしな」

健康診断ならウチのめちゃくちゃ元気な親だって毎年受けてるし、
確かに受験前に受けときゃ安心なんだろ、
なんて気楽に考えた。


「あのね涼太…」

「ん?何だよ?」

「…あ、あれ!
初詣!今年も一緒にいこ」

「ああ、いつもの神社だろ?
元旦は芹那は家族でだろ?」

「うん」

「じゃあ2日にでも一緒にいくか」

「うん!」

一瞬、芹那の顔が曇った気がしたけど…、

「あ、そうだ!
この間のクリスマスパーティーの写真、
お兄ちゃんにプリントしてもらったんだ」


気のせいだよな、
今はいつもの芹那だし。


「ホント毎年飽きねぇよなー。
いつまで合同でやんのかね」

「いいじゃん、ウチがここに引っ越してきてからの恒例だし。
むしろこのまま続けたいよ」

「まぁ芹那がいいなら俺はいいけど」

そう、芹那達がここに来てから
クリスマスは毎年ずっと一緒に過ごしてきた。

「来年は涼太の家でだね。
あ、はいこれ…」

バサッ

机から持ってきて俺に差し出そうとしたその写真は、
俺が腕を伸ばす前に床へと落ちていった。

「ご、ごめん!」

「いいよ全然」

そう言って床に散らばった写真を集める。


「ほら」

写真を芹那に差し出すも反応がなく、
立ったまま下を向いていた。


「芹那…?」

「……」

「芹那!」

「!!
あ、ごめん何かボーとしちゃって…」

少し大きな声で呼ぶと、
ハッとしたように顔を上げる。

「疲れてんじゃないか?
病院っていくだけで何か疲れるし」

「そう、だね…」

「今日はゆっくり休めよ。
またラインするから」

「うん…」









せめて玄関まで送ると言った芹那を
無理矢理ベッドに寝かせ、俺は部屋を出る。

…疲れてんだよな、芹那。


「何だ涼太、もう帰るのか?」

玄関に向かう途中、棗兄がそう聞いてきた。

「あー、うん。
何か芹那疲れてるみたいだし」

「疲れてる…?」

「電話の時から何か元気ないなーって思ったんだけどさ。
最初は笑ってたしやっぱり気のせいかって思ったんだけど、写真落とすし、ボーとしてるし」

「落とす…?」

「あぁ。病院っていくだけで疲れんじゃん?
だから疲れたんだろうと思って寝かしといた」

「そうか、悪いな」

「ま、オジさんがいるから安心だし。
んじゃ、お邪魔しました」

「…涼太!」

帰ろうと靴を履く俺に、
棗兄は少し厳しい顔をして俺を呼び止める。

「え?何?」

「…最近、芹那の事でおかしいと思った事ないか?」

「へ?何それ」

棗兄の言っている事の意味が分からなくて
変な声が出る。

「何でもいいんだ。
どんな些細な事でもいい」

「んな事急に言われても…」

「例えば最近よく転ぶとか」

そう言われて思い返すと、
確かに最近の芹那は…

「…そういや何度かふらついたりしてた」

「他には!?」

今まで見たことのない棗兄の真剣で、でもどこか焦ってるような、切羽詰まったような表情に驚きながらも、
俺は言葉を続ける。


「…字が、2重に見えたり霞む、って言ってた」


スマホを見たり本を読んでる時、
たまに目を擦ったりしてたから、どうしたのか聞いたら
そう、言っていた。

「でも、1、2回あっただけだし…」

「…そうか。
引き止めて悪かったな」


いつだってクールで冷静な棗兄が、
何でこんな…。

「…棗兄、
今日って本当に、
健康診断だったのかよ…?」


ポツリと出た言葉は、
低く、暗い声だった。


「…あぁ、そうだ」

「本当、だよな?」

「!!
…本当だ。
ほら、もう帰れ、
オバさん待ってるぞ」




急かされるように芹那の家を出る。


…胸がざわつく。

言いようのない不安に襲われる。







(起きろよ、なぁ…)

(何で、何で芹那なんだよ…)

(返せよ!芹那を返せよ!)

(会いたいんだ、芹那に)

(何で、何で、死んじまったんだよ…)


ゾクッ!

急に寒気に襲われる。
頭の中で、もう思い出したくもなかった、
あの時の、

芹那がいなくなった時の
深く暗い、
悲しみ、苦しみ、憎しみ、孤独感、

そんな出口の見えない暗闇が浮かび上がる。




「…何だってんだよ」

空を見ると暗闇が広がっている。


それがまるで、

この先を現しているようで、


俺の胸は冷たく氷りついていった。