「ただいま」

検査が終わり、お兄ちゃんは約束通りランチに誘ってくれたけど、
食欲もないしそんな気になれなくて家に帰った。

「おかえり、検査どうだった?」

玄関まで出てきてくれたお母さんは心配そうに
そう聞いてきた。

「別に。ただの健康診断だし」

「あ…、そうよね。
お腹空いたでしょ?早く手を洗ってきなさい」

そう言ってリビングに戻るお母さん。

…お母さん、一瞬顔引きつったのは、どうして?

「ほら、いくぞ」

「…私、ご飯いらない」

「芹那?」

「お腹空いてないし、
疲れたから部屋で休んでる」

そう言ってそのまま階段を上がる。

…お兄ちゃんの顔が、見れなかった。

また、目を見てくれなかったら、
そう思うと怖かった。








部屋に戻り、コートを脱いでベッドに横になる。

…何か、変だ。
お兄ちゃんも、お母さんも。

そもそも何でお父さんは私に健康診断なんて進めたの?
皆受けている、とか受験前にとかいっても、
こんな年末に受ける必要なんてあったの?

年末は病院も忙しくて大変だって毎年言ってるのに。
お兄ちゃんだって、一昨日こっちの友達に会いにいってたのに、中山さんには忙しくて会えなかったって言ってた。
今の時期病院は忙しいからな、
何て言ってたのに。



…段々不安が広がっていく。
正体の分からない不安に怖くなる。


「…涼太のバスケ、見に行こうかな」

この不安な気持ちも怖さも、
涼太に会えば消えるかも知れない。

そう思って私は立ちあがり机の上に置いていたスマホに手を伸ばす。

ガタッ

手に持ったスマホは、
私の手をすり抜けて床に落ちた。

拾わなきゃ…



………、



そう、思っているのに、
身体が動かない。


「……な、何で…?」

次の瞬間、身体はスマホに向けて動いていた。



スマホを持つ手が震える。



…何で、
どうして私、


一瞬動けなかったの?

確かに
拾わなきゃ、
そう思って膝を折ってしゃがもうとした。


なのに、そう思った瞬間身体は動かなかった。


中山さんの言葉を思い出す。

【最近よく転ぶんだって?】


あまり気に止めてなかった。
だけど、確かに最近ふらついたり、足がもつれて転ぶ事が増えた。

それに、

最近、よく物を落とす。
指に力が入らない事がある。

そんな事、今まであった?

…違う、
前からおかしいって、
少し、自分の身体にほんの少しだけ、違和感を感じてた。
だけど、何でもない、
ちょっと疲れてるだけって、

そう、思い込んでひとりで勝手に解決して安心してたんだ。





「涼太…!」

涼太の声が聞きたい。
そう思って涼太に電話しようとするのに、



何故か指が上手く動かなかった。








怖い、

怖いよ、涼太。