「今日は棗が芹那を本郷先生の所まで送ったんだってな」

夕食時、家族で食卓を囲む事に機嫌がいいのか、
父さんが上機嫌で聞いてくる。

「あぁ、芹那に頼まれて。
俺も久しぶりに芹那のピアノを聴きたかったし、先生に挨拶もしておきたかったから」

「久しぶりにお兄ちゃんに聴いてもらえるって思ったら、私緊張しちゃった」

「何だ珍しいな?昔は棗が聴いてる時はリラックスして弾けるって言ってたのに」

「そうなんだけど…。久しぶりだったからかな?
何か指が上手く動かなくて…」


…そう、今日の芹那はいつもなら躓く事もない単調なメロディーに躓いていた。
1回だけだったが、俺はその事が妙に気になった。

「あら…、どうしたの芹那?」

母さんの言葉に芹那を見ると、
芹那は魚を箸で上手く挟めないでいた。

「…芹那、悪いがソースを取ってくれないか?」

「あ、うん」

父さんの言葉に芹那は自分の前にあるソースに手を伸ばす。

だけど、そんな芹那の手は
ソースの入った瓶を掴もうとしたが距離が足りず宙を掴む。

「あ、あれ…?」

自分の行動に驚いた顔をする。
戸惑いを隠せていない。

「ほら、父さん」

思わず俺はソースの入った瓶を父さんに渡す。

「…あぁ、ありがとう。
そうだ芹那、明日は何か予定はあるのか?」

「ううん、特にないよ。
友里も亜季も家族と田舎に戻ってるし。
涼太は優斗君達とバスケだし」

「そうか」

「それがどうかしたの?」

「いや、せっかくの冬休みだし何か予定があるのか聞いただけだよ」

そう言ってそのまま今後の予定の話を始める。
初詣はどうする、とか初売りにいきたいとか、
芹那はさっきの自分の行動をあまり気に止めなかったのか、父さん母さんと楽しそうに話している。


「お兄ちゃんも一緒に行こうね!」

そう言ってくる芹那に
分かったと笑って返したが、
俺の中には晴れない黒いもやがゆっくりと広がっていた。








「父さん、ちょっと話があるんだけど」

夕食後、キッチンで片付けをしている母さんと芹那に聞こえない様に、小声で父さんにそう伝える。

「…分かってる。
後で私の部屋に来てくれ」

父さんの言葉に、

俺の中に広がる黒いもやは益々増えていった。