「おはよー」

楽しかったクリスマスの2日間が過ぎ、日常が戻る。
と言っても大人は年末に向けて忙しそうにしている。

そんな中、冬休みの私はいつもより少し遅く起きてリビングに入る。

「おはよう、芹那。
朝ごはん出来てるわよ」

「おはよ、早くご飯食べろよ」

有休のため、お正月明けまではこっちで過ごすお兄ちゃんはソファーで新聞を読みながらゆっくり過ごしている。

「お父さんはもう病院?」

心臓外科医として病院で教授をしているお父さんは、
急患だったり気になる患者さんがいたりすると休みとか関係なく病院へいったり、
いつもとても忙しい人。

「そうよ、年末はご自宅に帰る患者様もいるし、
やらなきゃいけない事が多いのよ。
毎年の事だけどね」

そう言いながら紅茶の入ったカップを差し出すお母さん。

「ありがとう」

ガチャンッ!

「ご、ごめん!」

確かに受け取ったと思ったカップは私の手をすり抜けてテーブルへと落ちた。

カップは割れなかったけど、紅茶がテーブルに広がる。

「大丈夫!?火傷してない?」

心配そうに聞いてくるお母さんに、大丈夫だと返しながら私はキッチンペーパーでコーヒーを拭き取る。


「ちゃんと受け取ったと思ったのになぁ」

まだ寝ぼけてるのかな?
何て笑う私に
ならいいけど、
と言いながらキッチンに戻るお母さん。


「大丈夫か?」

「大丈夫だって!
あ、そうだお兄ちゃん今日って暇?」

「まぁ予定はないけど」

「じゃあ本郷先生のとこまで車で連れてってくれない?」

本郷先生は私のピアノの先生だ。
ここに住み始めてから私はずっと本郷先生にレッスンしてもらっている。

「あぁ、そういや今日はピアノの日だったな。
俺からも久しぶりに先生に挨拶しておくか」

快く了承してくれたお兄ちゃんに
私はお礼を言って朝ごはんを食べる。









「今日は今年最後のレッスンなの」

お兄ちゃんの運転する車の助手席に乗り、シートベルトを締めながらそう話す。

「そうか、せっかくだし久しぶりに芹那のピアノ聴いていくかな」

「本当?」

「あぁ、昨日は1日出かけてたから芹那のピアノ聴けなかったしな」


久しぶりにこっちに戻ったから友達にも会いにいったりしてて、昨日は1日中家にいなかったお兄ちゃん。

昔は私の弾くピアノをよく聴いてくれていた。

涼太も聴いてくれたし、
凄いとか感想を言ってくれた。
それはそれで素直に凄く嬉しいんだけれど、
昔、バイオリンを習っていたお兄ちゃんは、
もっとこうして弾いた方がいい、とか
今のはもっと強弱をつけて、とか
しっかりしたアトバイスをくれるから、勉強になるんだよね。

「ま、涼太じゃ凄いとかしか言えないだろうしな。
あいつ音楽や芸術のセンスゼロだし」

「もー!またそんな事言う!」

「本当の事だろ?」

「でも涼太は本当に真剣に聴いてくれるし、
私は涼太が凄いって言ってくれるの、嬉しいよ」

「分かってるって。
そんな拗ねんなよ。
あ、帰り買い物いくか?好きなモン買ってやるよ」

「本当!?
じゃあ、ついでにカフェでケーキも奢ってね」

「ちゃっかりしてんな」

少し苦笑しながらも頭を撫でてくれるお兄ちゃん。


10歳も歳が離れているからか、私はお兄ちゃんと喧嘩した事なんて一度もない。
昔からいつもお兄ちゃんは優しかった。
頭も良く、何でも器用にこなすお兄ちゃんは、お父さんと同じ医者になるだろうと、まわりは皆そう思ってた。
だけど、お兄ちゃんは弁護士になった。

父さんとは違う形で困っている人を助けたい、
そう言って。

お父さんと同じ医者になっていたらしなくて済んだ苦労をわざわざするなんて、
そう言って今だに嫌味を言う大人もいるけれど、
お父さんもお母さんも反対はしなかった。


そんなお兄ちゃんを見てきたからか、
私も将来は困っている人を助ける仕事に就きたい、
そう思っている。

どんな形だっていい、
私でも何か人の役に立てたら、
そう思う。











そう、思っていた。