外に出ると途端に身体は暑さに包まれる。
空は雲ひとつない晴天。
アスファルトの照り返しからか酷く蒸し暑い。

「あっつー」


陰に入るように歩きながらそうぼやく芹那は、
言葉とは裏腹に嬉しそうな顔をしている。

「ねー、涼太
今日、何の日か知ってる?」

身長差のせいで俺を見上げながらそう聞いてくる芹那の顔は少し赤い。

何の意味もなくこんな事聞くような奴じゃない。
芹那が言うからには、今日は何か特別な日なんだろう。
だけど、何の日か見当もつかない俺は芹那の問いに答える事が出来ない。


「やっぱ分かんないかー」

少し残念そうに眉を下げて笑う芹那に、胸がチクリと痛んだ。

「ま、待て!
思い出すから!」

「あはは、大丈夫。
涼太は分かんなくて当たり前だと思うし」

「何だよそれ」

「ふふーん、まだ内緒!」

そう言って今度は少しの含み笑いを見せ、俺の少し前を歩き出し狭い路地裏へと入っていく。

「ちょっと待て…」

少し前を歩く芹那の手を掴もうとした瞬間、
芹那が走り出し俺の伸ばした手は宙を舞う。


芹那の向かう先には1匹の黒猫が歩いている、
そして黒猫の後ろには1台の車。
狭い路地裏で普段あまり人通りもなく車も通らないためか、車はスピードを緩める事なく突っ込んでくる。



…これか!

全てが繋がった瞬間、
俺は走り出していた。

芹那を歩道へと突き飛ばし、
俺は黒猫を抱き上げ倒れこむ勢いで歩道へと走った。



クラクションとブレーキの音が鳴り響く。









「涼太!!」

黒猫を抱えたまま倒れこむ俺の頭上から聞こえる芹那の声。

「芹那…」

目を開け芹那を見る。

俺を見る芹那の顔は見た事もないような
不安やら心配やら色んなモノが混ざり合ったような顔をしていた。


「…良かった」

芹那の顔を見た瞬間、こぼれた言葉。

黒猫を抱えたまま、身体を起こして座り込む。

「良かったって…」

そこまで言って芹那はぼろぼろと涙を流した。

「…ごめん、
ごめんなさい…!」

顔をぐしゃぐしゃにして涙を流す芹那。

「…怪我は?」

俺の言葉に顔を横に振る。

「…そっか、良かった」

そう言って俺は芹那の腕を引き寄せ抱きしめる。


「好きだ」

「!!
りょ、涼太…?」


「ずっと芹那が好きだった。
芹那だけを、ずっと…」


抱きしめ、重なりあった心臓はドクドクと大きな音を立てている。



「好きだ、芹那」













運命が変わったこの時、
俺はようやく、芹那に想いを伝えた。

俺の想いに、言葉に、

芹那は頷き、ポツリと言った。



「私も…、
私も涼太が大好き…!」


そう言った芹那の顔はやっぱり涙でぐしゃぐしゃだった。


だけど、涙でぐしゃぐしゃになったその顔が、


俺は愛しくてたまらなかった。








運命の変わったこの日、

芹那は一体何故家とは逆へと向かったのか、
一体何の用事があったのか。

そして、この日は何の日だったのか。

芹那を守れた事に安堵した俺はその事をすっかり忘れていた。




ちゃんと聞いておけば良かった、

そう、後悔するのは




まだ先の事だった。