「涼太?」
今、目の前で起こっている事に頭がついていかず、
ただ突っ立っているだけの俺に、
芹那はもう一度、俺の名前を呼んだ。

…これは、何だ?
これは、現実なのか?

今、確かに芹那は俺の目の前にいる。

少し不思議そうな顔で俺を見ている。

「ちょっと、まだ寝ぼけてるの?」

今度は少し呆れたように笑いながら、

確かに芹那は俺の目の前に存在していた。


「芹、那…?」

ようやく出た言葉は、
あれだけ思い、求めた芹那の名前。

そんな俺の言葉に、
芹那は当たり前のように答える。


「うん?
芹那だけど?」

…一体何だっていうんだ?

今、俺の目の前で一体何が起こっているんだ?

「ねぇ、本当にどうしたの?
熱でもあるの?」


目の前にいる芹那は、心配そうに俺を見ている。


…本当に、俺は熱でもあるのだろうか?

だって、



だって、芹那はあの日、確かに……



死んだ、はず、



「大丈夫?」

そう言って俺の額に手を当てる芹那。

その手は、


暖かくて、懐かしかった。



……あぁ、芹那だ。

この声も、
この手の平の暖かさも、


心配そうに俺を見るこの顔も、



全部、俺の知る芹那だ。




「熱はないみたいだけど…」

そう言って芹那は馴れた様に俺のクローゼットから制服を取り出す。


「でも気をつけなよー、
昼間はまだ暑くても、朝晩は少し肌寒くなってきたしね」



……え?

昼間はまだ暑くても…?

何を言ってるんだ?


そう言えば、今日は何故暑いんだ…?


「ほら、早く着替えて!
私、下で待ってるね」

そう言って部屋を出ようとする芹那の腕を思わず掴む。


「どしたの?」
驚いた顔で振り向く芹那。

掴んだ腕の暖かさに感じる安心感、
それと同時に俺を襲う違和感。

「…なぁ、今日、
何月、何日、だ…?」

俺の言葉に今度は心底心配そうな顔をする芹那。


心臓がドクドクと大きく早く脈を打つのが分かる。

背中には冷たい汗が一筋、流れる。


……まさか、


まさか…




「9月20日、だけど…」


!!!!

9月20日、

忘れもしない、







芹那が、


事故にあって俺の前から消えた日―。



「ねぇ、本当に大丈夫?
念のため熱計ったほうが…」

芹那の言葉を遮り、俺は芹那を引き寄せ抱きしめる。

「りょ、涼太!?」

驚いたような芹那の声。


「ねぇ、本当にどうしたの?」

「…ごめん、少しだけ、このまま…」


それだけ言って、俺は芹那を強く抱きしめる。


芹那は何も言わず、

だけど、戸惑いがちに俺の背中にゆっくりと
手を回してきた。









どういう事なのかは分からない。

何が起こったのか分からない。


だけど、今、芹那がいる。

今この瞬間、芹那が存在している。

あの日、冷たくなった芹那じゃない、


暖かい、
俺の知っている、
いつも俺の隣にいた芹那が。








…それだけで充分だ。


本当に
あの日、に戻れたのなら、


俺がやる事はひとつだ。








芹那を守る、


今度こそ、必ず―。