どれ位時が過ぎたのだろう。

もう辺りは暗闇に包まれている。


寒さが身体を駆け抜ける。

鞄を持ち、ベンチから立ち上り
ひとり家へと歩く。


…明日、優斗に謝ろう、
そんな事を考えながら家へ着いた俺は
玄関へと続く門に手を掛けた。
その瞬間、隣から声が響いた。

「涼太」

「棗、兄…」

そこには芹那の兄である
棗兄がいた。


「今帰りか?」

スーツのネクタイを緩めながらそう聞いてくる棗兄。

棗兄、
久保田棗は芹那の10歳年上の兄。
年の差もあり、一緒に遊ぶ事は少なかったが、
昔は休みの日に遊園地や動物園に連れていってくれた。

バスケを小学生の時からずっと続けていて、高校もバスケ強豪校に進学、
そこでレギュラーとして活躍していた棗兄は、
俺の憧れでもあった。


(お兄ちゃんは私にとって憧れなの)

そう、芹那は誇らしげに言っていた。

年の離れた芹那の事を、棗兄も可愛がっていた。

俺にも時間が合った時にはバスケを教えてくれたりした。

大学を卒業し就職後、しばらくは地元にいたが、
2年前に転勤になり、飛行機の距離へと引っ越していた。

だけど、芹那が亡くなってから地元に戻ってきた。

オバさんを放って置けなかったんだと思う。


「帰りが遅いって、オバさん心配してたぞ」

優斗と同じ事を言う棗兄に、
罪悪感と、
それとは反対に
放って置いてくれという苛立ちに似たモノを感じる。


「…お前の気持ちも分かるけど、
お前がいつまでもそんなんじゃ芹那だって安心できないだろ」

真っ直ぐに俺を見ながらそう言ってくる棗兄は、
優斗と違って少し、怒りを滲ませたような顔をしていた。

そんな棗兄の顔を見て、俺は何も言えずに
ただ棗兄を見る事しか出来ない。



「…何で、芹那の葬式に来なかった」

棗兄の言葉に、心臓がドクリと嫌な大きな音をたてた。



…棗兄の言う通り、
俺は芹那の葬式に出なかった。


違う、
出れなかった。


葬式会場までは足を運んだ、
だけど、ドアを開けて
目の前に飛び込んできた芹那の写真に
俺は急に血の気が引いていく感覚に襲われた。

写真の中の芹那は笑っていた。

だけど、俺にはその写真の中の芹那が、
芹那じゃないみたいに見えた。


どうして、芹那の写真があんなとこにあるんだ、

どうして、芹那が、

あんな狭い箱に閉じ込められているんだ。


嫌だ、見たくない、
認めたくない、

あれは、

あそこにいるのは芹那じゃない…!

そう思ったら
俺の足はその場から走り出していた。






「…涼太、もう
いいだろ」

「え…?」

棗兄の言葉の意味が分からず、
俺はただ棗兄の顔を見る。

「お前が芹那の事を好きでいてくれた事は分かってる
芹那もお前と同じ想いだったはずだ」

棗兄の言葉に心臓がドクドクと早く脈を打つ。

「だけど、もう芹那はいないんだ」

やめろ、
やめてくれよ…


「芹那はお前に感謝してるよ。
芹那がこの街で楽しく幸せに過ごせたのはお前のおかげだ。
だからこそ、もう芹那に捕らわれるな。
お前はお前の人生を生きろ。
それをきっと芹那も望んで…」

「やめろっ!」

棗兄の言葉を遮り叫んだ俺の声は、
夜の暗闇に静かに、冷たく響いた。


「…そんな簡単にはいかないんだよ!
俺は棗兄と違うんだ!」

「涼太…」

「もう放っといてくれよ!」

そう叫んで俺は家の中へと逃げるように入る。












この時の俺は、
自分が1番不幸だと思っていた。

棗兄だって、あれだけ可愛がっていた、
大切な妹の芹那を亡くして辛くない訳がないのに。

それでも、俺の事を心配して、
俺のために厳しい事だって言ってくれたのに。

そんな棗兄の気持ちも分かろうとせず、

俺は自分の殻に閉じこもっていたんだ。