「やっぱ寒いなー」

外に出ると途端に冷たい風が頬を撫でる。
優斗は寒いと言いながら首をすくめる。

空を見上げると、朝と同じ、
雲ひとつなく、青く高い空が果てしなく続いている。

「おっ、見ろよ涼太、
猫がいる!」

優斗の声に振り向くと、
塀の上に1匹の黒猫がいた。

尻尾をブラブラと振りながら
眠そうにあくびをしているその黒猫は、
この辺りにたまに現れる野良猫だ。

「うわ、ふわっふわだなお前ー」

黒猫を撫でながら嬉しそうに目を細めて笑う優斗に、
俺の心臓がぎゅっと潰されるように痛んだ。






(可愛いー、ふわふわー!)

(ほら、涼太も撫でなよー)

不意に芹那の声が頭をよぎる。

…芹那は動物が好きで、その中でも特に猫が好きだった。
芹那の母親が猫アレルギーのため飼う事が出来ない分、
野良猫を見かけるとすぐにかけ寄り
嬉しそうに撫でながら声をかけていた。


「涼太?」


優斗の声が耳に入った瞬間、
芹那の声が消えた。

「どしたんだよ?
ぼーっとして」

猫を抱えたまま、不思議そうな顔で俺を見る。

「…何でもねぇよ」

それだけ言って歩き出す俺に、
優斗は慌てたように猫をはなしついてくる。

「久保田も猫好きだったよな」

優斗の言葉に、また心臓がぎゅっと潰される感覚を覚える。

そんな俺の心情に気づいているのかいないのか、
優斗はやっぱり少しの悲しみを含むような顔で言葉を続ける。

「さっきの猫も久保田好きだったよな。
黒猫は神秘的で綺麗だとかって…」

「お前何なんだよ、さっきから」

優斗の言葉を遮りそう言い放った俺の言葉は
刺があるように冷たいのが分かった。

「…何が?」

そんな俺の言葉にも怯む事なく、
真っ直ぐに俺を見ながらそう返してくる。

「…何が、じゃねぇよ。
何でお前…」

簡単に芹那の話が出来るんだよ…!

そう言いたかった言葉は、
喉まで出かかって止まった。


「…涼太」

「…、何でもねぇよ…!」

出かかって、でも言えなくて止まった言葉を飲み込み、
それだけ言ってまた歩き出す。


「何でもなくないだろ!」

歩き出した俺の背中にいきなり降りかかった優斗の叫びに俺は思わず立ち止まる。

「何でだよ!
何でお前…、
久保田の事、何にも話さないんだよ…!」



優斗の言葉が俺の心臓をまた強く握り潰す。


俺の耳に、頭に
芹那の声が、笑顔が、
響き、霞めていく。


(涼太)

芹那が俺を呼ぶ。


(涼太)

何度も、何度も芹那は俺の名前を呼ぶ。


だけど、
俺はそんな芹那の言葉に返事が出来ない。

…違う、出来ないんじゃない。


「…分かってんだろ、涼太。
何で久保田の事、話さないのか」



やっぱりただ真っ直ぐに俺を見ながらそう言った優斗は、


やっぱり、悲しみも含むような顔をしていた。












…そう、分かっているんだ。


本当は。










君の声に、答えたい。


だけど、俺は答えない。



君の名前を呼びたい。
何度も、何度だって。


だけど、呼べない。




それは―。