きっとこれは苛立ちではない。何でだ?さっきまであんなに彼女のことで苛立っていたのに。
「じゃあ決まり。いつにするかは後日決めよ、ねえ、携帯持ってる。」
彼女が光り輝く液晶を振りながら僕に言う。その光で彼女の輪郭がうっすらと見える。
「持ってるよ。」
「オッケー、じゃあちょっと貸して。」
言われるがままに携帯を渡すと、カタカタと言うキーパッドを操作する音が聞こえてきた。
「よし!これで完了!じゃあ、また連絡するね。」
彼女の弾む様な嬉しそうな声に、僕も気分が弾む。
薄ぼんやりとした輪郭が僕に手を振る動作を見せる。
「バイバイ!」
明るい溌剌とした声を聞いたその時、僕の中の何かがコトリと音を立てて落ちたのがわかった。
「そういえばさ!」
不意に掛けられたその声に心臓がドキリと跳ねる。激しく大きな音をたてながら動く僕の心臓、それを聞いていると、恥ずかしさと嬉しさが血液と共に体に送れ出されているような気持ちになるから不思議だ。
「あなたの名前は?!」
「僕の名前は、八代誠也!君は?!」
「私は月嶹星華!」
風が一つ僕らの間を駆け抜けて行く。それは僕の髪をかきあげ、身体に入り込んで来る。それと同時に、風ではない何かも入ってきた。それを口の中でホロリと溶かしてみると、少し苦くて甘かった。
また一つ風が吹いて、それは僕の心と共に空に消えていった。静寂な空の下、響くのは他でもない僕の鼓動だけ。それが教えてくれたの、僕のこの甘くて苦い感情の正体。
恋、だ。