目の前に広がる宝箱の中の宝石と、それを包む神秘的な空気。僕はそれを味わいながら、奥へ奥へと進んで行った。
僕は一度立ち止まって、この場の空気を深く深く吸い込んでは吐き出した。
「ああ、幸せだ。」
僕は宙に一つ言葉を吐き出し、夜風に乗せた。
遠くへ行け遠くへ行けと願ってみるけれど、それはきっと誰にも届きやしない。
僕の思う『幸せ』、それは日常の些細な出来事に潜んでいるモノで、決して大したモノではないと思う。
友達と談笑したり、感情を共有したり、たったこれだけのことで、人は知らず知らずのうちに幸せを感じているのだと思う。
仮に『幸せ』という名前の蝶々がいたとする。
多くの人々はこいつが幸せを運んできてくれることを知っている。しかし、一方でそれを知らない人といる。それを知っている者の真横をその蝶々が通り、気付いた時にはもう何メートル先まで行っていて、『捕まえておけばよかった』と後悔する者。一方で、その蝶々のことを知らなくて、虫が嫌いだからという理由で殺虫剤を撒いてしまった者は、それが幸せを招くモノであることすら気付くことが出来ずにいる。
つまり、目の前にあった幸せを取り損ねたことにすら気付けない人の方が、後悔している人よりも不幸だということだ。